八限目 教師に目をつけられるのもやぶさかではない
「オイラ達、生まれも育ちもボリビア、ベニ川で産湯を浸かり、姓は
「皆々様、ひらにご
「ま、コイツらにお前達も色々聞きたい気持ちはあるだろう。今日の俺の授業は
「はいはーい!二人は何歳とですかー?」
「おうっ!オイラ達は二人合わせてお前らと同い年くらいなんだな!」
「飛び級ってワケと?」
「うんそう、というか、そんな感じなんだな!」
そこから好奇心に火がついたクラスメイト達から
「なんでそがん日本語の
後半になるにつれて関係があるのか疑わしい内容になっていく。中途入学者はウチの学校には少ないから(しかもこんなキャラの濃い二人組だし)色めき立つのも当然だ。かくいう僕も何か訊いてみようとあれこれ
「なっはっは!皆オイラ達に
「日本語ができるのは爺ちゃんのおかげなんだな。何日か前から知り合いんとこ住んでる。日本食はまだ全然
大穴から肘で小突かれて、小ェ燈も残りを答える。
「毛…その、頭髪につきましては、当校の校則に
長い。それに声が小さい。内容が
この兄弟、どちらが兄貴か弟か分からないが、慣れてきて
(あっそうや!これまだ誰も質問しよらんよね)
僕も手を挙げてみた。
「二人が日本に来た理由はなんなんですか?」
小ェ燈も、その隣でニカニカしていた大穴も固まった。
「え…えと…?」
何か触れてはいけないところだったのだろうか。法的
大穴の
「お前。怪人だな?」
あべこべに質問された?
「そ、そうたい、一応…」
大穴の涼しげな
「名前、何ていうんだな」
「ぼ、僕は
「…ふーん」
えっ?何が「ふーん」?どうして小ェ燈も怯えたみたいに大穴に寄り添うのだろう?
(また怪人いうだけで
不安になった僕だが、大穴は大きく
「お前、とりあえず一番気になるんだな。友達になろうぜ‼︎」
おおっ、とクラス中が
「よーしお前ら、つかみは上々みてぇだな。自己紹介を聞いての通り日本語には不自由しとらんが、まだ漢字混じりの読み書きと日本の風習やマナーには疎いだろう。お前らきちんと教えてやれよ」
うぇーい、と男子達の返事。出席簿にチェックをつけ終えた蓮藤はチラリと時計を見た。
「あー、とくに
「へっ?なんですか?」
「相手が外国育ちだからって、無知なのをいいことにいやらしいことをするなよ上別府。法的な措置を取られんように気をつけろ上別府。さすがの俺も国際問題とかは対処できんぞ上別府。分かってなくても分かれよ上別府」
「しつっこいくらい言うとね先生。はい!ボキは誓ってこの子らにイヤラシカことはせんです!」
「よろしい。しばらく自習にしとくから適当にやっとけよー」
何かと理由をつけては職務をサボる放任主義の蓮藤はいずこかに姿を消した。多分喫煙所だろう。
教室の後ろの方の生徒もドヤドヤ前の方に集まり、教壇の転入生を取り囲んで自分達の自己紹介を始める。
「俺は
寅受がかけている眼鏡がぶつかる限界まで
眼鏡を不敵に光らせたかと思うと、相手の片脚を掴んで持ち上げ
「
と大穴の股間へ腕を伸ばした。
ほっそりした腰の奥へ性欲まみれの寅受のゴールデンフィンガーが到達する。あわやの瞬間、しなやかに大穴の体が回転した。
掴まれたことを逆に利用して、大穴は蛇が木の
チョークスリーパーである。
「オォーッ⁉︎のぉぉー‼︎」
「なんのつもりなんだな?攻撃なんだな?なら、このまま地獄に
「違うと大穴!
「…ふーん?なんだな?」
青い瞳が冷たい光を
「じゃあいいんだな。許してやるんだな」
「誤解(セクハラなのは間違いないけど)が
当の本人の寅受は、苦痛を伴う
「それならオイラも挨拶を返すんだな。それがルールってものなんだな」
え?と皆が固まる中、大穴はホールドを解くとやにわに背後から寅受の股間を握りしめた。
「はうぅッ♡」
それはもう特大の♡を叫んで寅受はだらしなく
「うーん、お前なかなかデカいんだな。で、これってどれくらい続ければいいんだな?
モニュモニュと股間を
「うぁうっ…そっ…そがんことされたらっ…俺、俺、もう…イッぐぅぅぅぅ──ッ♡」
誰かが制止に入る前に、寅受は自分より歳も体格も下の大穴により別の意味で昇天した。
「…?なんか、オイラの手が甘ったるい匂いになったんだな?なんなんだなこれ?」
「我が
「あっちの坊主頭のデカいのは
「おー!デカいんだな。このクラスで一番じゃないのか?」
「俺は…うん、尚宏から客観的に見てその評価ならその通りなんだろうな…」
渋く頷く郷。
驚いたことに、大穴は一度顔と名前を聞いたらそれ以降間違えることなくクラスメイトを判別できた。
「にへへ!オイラ人の顔を憶えるの、超得意なんだな!」
と親指を立てる大穴。僕はといえば数の多い
ひととおり紹介が済むと、高校生活の華ともいえる部活動へと話題は移った。
「日本を知る!といえばやっぱり武道やなか?相撲、ボクシング、空手、柔道、薙刀、弓道、剣道…」
「どれもうちの学校は強かぜ!県大会やら全国やらバリバリ行っとうもんね」
「つってうちのクラス柔道部入っとるやつはおらんちゃけどなー」
「あそこなんか今モメとるんやなかったっけ?なんか不祥事があったとか」
「部活内トラブルやなかった?そんで先輩がキレ散らかしとるとかなんとか」
大穴は最前列の机の一つに乗っかる形で座りながら聞いていた。小ェ燈は窓際に腰掛けていた郷のほうによちよちと歩いて行き、「…?」と
「
「え、僕?」
急に水を向けられて焦る。うちの学校は基本的に部活は強制なので、僕は
だけれど…
「え、演劇部やばってん、ほぼユーレイ部員かな」
「んん?ユーレイブイン?なんなんだなそれ?」
説明しようと口を開いた時、後ろの戸がスラリと開いた。
「──…怪人の親玉になったちゅうのは、どいつじゃ」
戸口に現れたのは、
「英語のカクガリやん」
誰かがぼそりと
もともと
「はいはーい、ここにおわす尚宏君でーす」
いつの間にか元気に復活していた寅受が、何も考えず大声を張り上げた。
それを
「オウお前、ちょい
我が校はクラスごとに時間割が組まれ、同じ学年でも終業時間が異なる日もある。あまりに唐突に問われ、僕はつい頭を下げる。
「えっと…すいません、六限までありますばってん…」
「よし決まり。校舎裏で待っとる」
「えっ、今の一瞬で何が決まったとですか⁉︎」
ゆっくり振り向いた教師の表情は、まさに
「全部──全部てめぇのせいだ。逃げんじゃねぇぞ」
言い捨てて出て行く。すたん、と意外に上品な音を立てて戸が閉じられた。
「尚宏、お前カクガリになんかしたとか?」
「全然なかよ⁉︎そもそも昨日も休んどるし、あがんキツか目で見られる理由やら覚えがなかよ」
クラスメイトの質問に僕はブンブン頭と尻尾を振る。
「でも只事じゃなかフインキやったぜ〜?校舎裏に呼び出されるやら
「笑うなよトラ!
おれこれと推理や考察を始めるクラスメイト達の中、一人冷静に顎をしごいて(そして膝の上にちょこんと腰掛けた小ェ燈の頭を撫でて)いた郷が何か
「ふむ。もしかして…」
郷は小ェ燈を優しく床に下ろして席を立ち、携帯を取り出してどこかにかけながら教室を出ていく。
「おーい郷!どこ行くとか〜?」
「うん?ああ、まあな。男のカンていうやつだ…」
寅受は郷の背中を見送り、それから僕へ振り向いて蜜以上に甘い知人の不幸にやにさがる。
「あの先生、自分も柔道めっちゃ強かとやろ?こないだ中洲の暴徒を一人で抑えたって、警察署で表彰されよらしたもんね」
「そがん凄か人が、なんして僕のことば目の敵んごとしんさっと⁉︎」
「知らんよそがんこと。観念して殺されて
げひゃひゃひゃ!と笑う寅受、頭を抱えてしゃがみ込む僕。
大穴と小ェ燈は無言のうちに、何か二人だけに通じるアイコンタクトを交わしていた。
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