四限目 昔馴染みとの再会もやぶさかではない

「ふむ、話の前後から物的証拠までを入れて考察すると、キミは…安国やすくに尚宏なおひろ君は加害者ではないのですね。となると今回の被害は建造物、それに対怪人となります。保険は入っていますか?」

 お巡りさんに尋ねられて僕は首をかしげる。

「はぁ…保険なんてあるんですか」

「それなら多分、民弥たみや(僕のパパ)の奴が手続きばしよるはずや。組織共済にな」

 とは腕を組んで仁王におう立ちのお爺ちゃん。

「でしたら、そちらから治療費の名目で補償ほしょうがあるでしょう。立ち去った無届むとどけのヒーローはキミに対する救助の功績について任意にんい聴取ちょうしゅが必要ですが…こちらで捜索そうさくします。とりあえずは問題なし!です」

 野良のらヒーロー…もとい不良ヒーロー三人組からボコられて、通りすがりの緑の巨人(何かのアイコンではない)から助けられた僕は、蹴られた頭の痛みに顔をしかめながら頷いた。

 鳩尾みぞおちに一発、それと牛頭になっている(角の生えたこめかみの上あたりではなく)後頭部へモロに一撃食らったのに、骨もやられず痛みとり傷で済んでいるのは我が身ながら「さすが怪人!」といったところ。

 パトカーが到着してすぐ実況見分というのか、僕と三人組との間に起こった出来事の口頭での説明・再現を要請ようせいされた。

 福岡市このまちの警察に正義と悪の組織間トラブルを解決するための対策課などがあるとは正直驚きだった。到着した二人のお巡りさんの胸のところにはワッペンがあり、鉤爪かぎづめと指とで『ゆびきりげんまん』しているモチーフが刺繍ししゅうされていた。

 勿論、口頭尋問にもおとなしく従う僕である。なにせ何も悪いことなどしていない被害者なのだから。

 しかし。

「問題大ありや!」

 マントを羽織る半裸の黒毛獅子獣人、つまり僕のお爺ちゃんはダハーッ…とこめかみを抑えて空を見る。

「一撃も返せんで一方的にやられるやら、悪の首魁の名折ればい!コラ尚宏よ!お前キンタマついとうとか⁉︎」

だだ痛だ、小突かないで!そこは蹴りたくられたところっちゃん」

「お、おお済まん、つい…そいにしてもお前、せっかくそがん立派か肉体ば手に入れて何ばしよっと?」

 タブレットで書類作成していたお巡りさんが神妙な顔で片手を上げる。

「お孫さんのなさったことは立派ですよ。正義の組織からはぐれたヒーローに対し無抵抗を貫いたのです。褒めてしかるべき!ですよ」

 ちなみにこの人──人?というか、桃色の象頭かつ肥満体の象獣人なのだけど──は、『ヒーロー・怪人宥和対策課』という警察内の一部署に所属している正義の味方であるらしい。声は確かに低いのだけど、まんまるぽっちゃりした体型とやたらに大きくて睫毛パッチリな顔つきがヒーローというよりむしろマスコットが相応しく感じられる。青い制服の腹部分からベルトの上に肉がはみ出すムチムチ具合も、迫力というより可愛らしさを加速させている。

「貴様の如き光の使徒ぜんとした輩になど理解されんで良いわ。この我を何と心得る?西日本に冠たる“死の夜明アルバ・モ”…」

「あ゛ーハイハイ死の夜明けアルバ・モルトおさでしょ。時間もったいないから必要事項だけ答えてくれる?オッチャン」

 ざっかけない口調で横から割り込んできたのは、斜にはすに被る警帽から稲束のような黒髪が突き出している糸目のお巡りさん。

「オ、オ、オッチャン⁉︎我は引退したとはいえ元・首魁であるぞ!貴様…その舌引き抜いて我が根城(ぼくんちのことだよね)の凶竜レヴィアタン(庭の池で飼ってる鯉のことだよね)の餌にしてくれようか‼︎」

「おー餌でも何でもしてくださいよ。できるならね?こう見えて多分俺、あんたに勝っちゃうから」

 ツンツン糸目のお巡りさんは不敵な笑みを浮かべ、動物園の熊のように筋肉質で広い肩の上を警棒でリズミカルに叩いている。

 その仕草しぐさは見覚えがあった。一年二年の話じゃない。もう少し前、僕が小学生だった頃…

 記憶を反芻する僕より先に、お爺ちゃんが指をボキバキ鳴らしながら前に出た。

「ほお?正義と悪の組織間にデタントが執行されてより久しく振るわずにおった我がちから。いずこの名のある正義の武人か、はたまたその弟子か知らぬが、その戯言、真実まこといなか軽く手合わせでもしてハグオゴォッ⁉︎」

「ど、どがんしたと?お爺」

 自転車に轢かれたベルツノガエルのように奇怪な呻き声を上げ、お爺ちゃんは両膝ついて崩れ落ちる。

「ご…ごじをやっでじまっだ…先程ざっぎの着地の衝撃が…モロにワシのヘルニアを…」

「恥ずかしい!果てしなく恥ずかしいよお爺!」

「おりょりょ。よく分からんけど、腰を痛めたんだな?また無理するから。孫の前でいいカッコしようとすんの、昔からホント変わんねぇなあオッチャン」

 苦笑しつつも肩を貸して立ち上がるお巡りさんの顔に、顔を絆創膏だらけにして腕白に笑う学ランの面影が重なった。

「ヨッシーお兄ちゃん…?」

 おっ、と相手がこちらに顔を向ける。あの頃と違ってかなり陽灼けをして輪郭も角張ってはいるが、特徴的な鼻筋と何本もチョークで引いたようなザクザク眉毛は変わっていない。

「もしかしてと思ってたけど、やっぱナオだったかあ」

「そっちこそだよ!何年ぶり?なんで急にいなくなったと?いつ戻ってきたと?」

 ヨッシーお兄ちゃんこと町田まちだ永吉ながよしは、僕が中学生になるまで近所に住んでいた古馴染みだ。歳の差は確か四歳くらい離れていたと思う。

 中学生になってからは町内どころか区内では評判のヤンキーで、毎日毎晩喧嘩に明け暮れ傷だらけ。ヨッシーお兄ちゃんに睨まれたら本職の反社ヤクザも裸足で逃げ出すと噂されていたものだ。

 けれど、兄弟のいない僕にとってはまさに『お兄ちゃん』そのもので、イジられて泣かされようがオヤツを強奪されようが後を追っかけて回っていた。

 そんな鈍臭くて人見知りなところのある僕を、ヨッシーお兄ちゃんは乱暴なやり方ではあれ可愛がってくれた。自分が中学生になるまでは一緒に子供会の行事に参加していたし、子供山笠で僕に生まれて初めての締め込みをして手を引いてくれたのもヨッシーお兄ちゃんだ。

「うん、俺な、公立高を卒業して警察に入ったんだけど、宥和対策課ユータイに配属されてすぐ海外研修行ってたんだよ。南米で揉まれてきたからほら、地黒になっただろ。ナオ、お前は俺がいなくなって泣いてたんじゃねえだろうな?」

 照れると鼻の下をこする癖も治ってないや。懐かしくて僕も笑みがこぼれる。 

「泣いたよ。何も知らせんで行くんやもん。薄情者!」

「おっ、生意気言うようになったなぁ〜」

「ヨッシーお兄ちゃんは方言抜けたっちゃんね。ばりカッコよかあ」

 からからと笑うと日灼けした顔の中で八重歯が輝く。よく見ると制服から出ている肘から先は大小の古傷だらけ。しかも、銃か何かによるものが多数だ。研修の中身がクーラーの効いた事務所で平和裡に行われるものではない事が僕にもありありと想像できた。

「あ…あのなあ…感動の再会しよるとこ悪かばってん、早う病院ば連れてってくれんね…」

「あ、お爺のこと忘れてた。僕も一緒に行こうかな」

「それならお手数を省けますよ。コレをどうぞ」

 象獣人のお巡りさんが腰に提げたホルスターから小瓶を取り出して僕に手渡した。

「今回は怪人保険が効く事例ですので、そちらは保険適用で実費ゼロです。飲んでみて下さい。アレルギーはありませんね?」

 僕は首を振り、どことなくスタミナ飲料に似た小瓶のキャップをひねって中身を一気に口に流し入れた。

「なんていうか…オ○ナミンC?」

「保険適用で出される回復薬ポーションです。対策課では常備しているんですよ。なにせ、怪人やヒーローが暴れ回ると大抵負傷する人が出るもので」

 説明が終わるまでの間に全身から痛みが消えた。取り憑いていた悪霊が退治されたみたいな、あまりに急速すぎて逆に不自然に感じるほどの効力だ。

「そ…、それをワシにも…」

「貴方はダメです。既に戦闘終了した場面に登場して、ほぼほぼ自己責任でやらかした腰痛など、とても保険内容として上申じょうしんできるものでは」

かってーこと言いっこなしだぜガネさーん」

 ヨッシーお兄ちゃんはお爺ちゃんを片方の肩に支えながら、もう片方の腕で象獣人さんの腰から器用にポーションをスり取った。

「あっ!いけませんナガ君、返しなさいっ」

「もー遅いって。ほれオッチャン、これでも飲んどけ」

 受け取った小瓶を、お爺ちゃんはチビりと啜り。

「っむ…むぉぉぉぉーッ!完・全・復・活‼︎」

「ダサか雄叫び上げんでよ恥ずかしか」

「今はこがん便利よかモンのあるったいね!おお、ほんなごて元通りばい‼︎」

 ニヤニヤしているヨッシーお兄ちゃんから空の瓶を回収し、ガネさんと呼ばれた象獣人は嘆息を落とす。

「使用してしまったからには仕方ないですね。後で帳尻を合わせておきます」

「だからはじめっからそうしときゃいいんだって。ガネさんクソ真面目だけど優しいんだよな」

「う、うるさいですよナガ君。いまの回復剤の件を公私混同で報告しますよ?」

「おっ。そういうこと言っちゃうんだガネさんは〜?ならッパイ揉んじゃろ」

 やっ、やめてください!と顔を赤らめる先輩をはがいじめにし、荒々しくかつ繊細に脂肪で膨らんだ胸を揉みしだく。そうそう、こんな感じで僕もイジられていたっけ。ノリが変わっていないなあ。

「も、もう、いい加減にしなさいっ!さあ、そこの不良ヒーロー達をパトカーに乗せて!私は本部に連絡しますから。…で、安国さんは登録されてるご住所に今回の保険適用の書類が郵送されますので、忘れずに期限内に返信用封筒に入れて投函して下さいね──では実況見分はこれで終わりです。御協力に感謝します。お孫さんともども気をつけてお帰りください」

了解りょーかい。あ、そうだオッチャン、アンタちょっと加齢臭してきてるよ。じゃあまたな、ナオ」

 さらりと手を振り、ヨッシーお兄ちゃんは三人組の背中を蹴りつけながら連行していく。ガネさんは無線機で本部とやらと通信を始める。何もすることもなくなったようなので、僕も衣服の乱れを直してあらためて制服店に行くことにした。

「なあ尚宏、ワシあれか?あやつの言うたごと妙か匂いやらすっとか?」

「お爺のノネナール臭ならプンプンするけど、元々やけん気にせんかった」

「ま!マジか!こりゃダメや早速コロンば買うてくる!」

 孫のピンチが去ったとみるや、この行動。本当に現金なんだからなあ。

 駆け出す間際、お爺ちゃんはどこからか封筒を出してきた。

「これを制服店の店主に渡して見せるのだ、我が子孫よ」

「なに?お爺も何か注文するの?」

「うむ。ゆくゆくは必要となるモノを、…な。それとな、尚宏」

「なに?」 

 お爺ちゃんの瞳が、僕の目の奥にまで届く澄んだ輝きでじっと見つめてきた。

「己を守れずとも、仲間は守らんばならんぞ。我等悪の組織は互いを庇いあってなんぼやけんにゃ」

 ポンと肩を叩き、あとは振り向きもせずお洒落な芳香剤を求めて走り去る黒獅子獣人の背中を眺めやりながら、僕は眉を上げて封筒をポケットにしまった。

 善の側でありながら、見ず知らずの僕を助けてくれたあの緑のヒーローの大きな背中が、頭を離れなかった。

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