二限目 乳牛獣人の姿もやぶさかではない
「うわぁぁぁぁぁぁ!パパママパパママパパママパパママパパママぁ‼︎」
福岡市内。平均的な所得世帯が数多くマイホームを構える住宅区である。近在には都市圏だというのに蛍の飛び交う
その平穏な月曜の朝を、僕の悲鳴が切り裂いた。
階段を二段飛ばしに降りて、一階のリビングに駆け込んだ。ストライプのパジャマのパパ(民弥・三十四歳)がのんびりとコーヒーを
天然パーマで少し濃いめの顔の作り。かなり
「これはまた意外な動物まじりで
高い鼻にかけた
「え、へんた…え?」
僕はハッとして
「あーそういう意味じゃない。昆虫とか一旦
そういえばパパの趣味って、昆虫とか鉱石を採集したりする系だった。って、
「えっと、それじゃあ僕は…ん?よう分からんよ」
「うん、見る限りだと細胞の
「
「それはお前がきちんと勉強していないのが悪い。塾にも通っているんだからあとは自分で調べなさい」
「騒がしかばってんどがんしました…アラアラ
今度はフライ返しを持ってママ(
「ごめんママ、パジャマの
「それは新しいのを買えばよかけど…制服は?今までのが入りそう?」
「あ!考えてなかった!」
変身もとい変態が起こってしまった結果、今の僕は以前と比べ物にならないくらい体型が変わってしまっている。そう、肩幅は広く
や、牛なんだけど。リアルな話。
かなり太くてかなり筋肉質な白い尾の先に、ふっさりと毛が生えていた。
「これじゃあ本物のモンスターやん…」
「アラ靴も無理そう。うーん、まあとにかく朝ごはんば食べんしゃい。そいから考えましょう」
がっかりと項垂れてテーブルにつく。ママはふっくらした脚でスリッパをパトパト鳴らしながら朝の食卓の準備を続ける。うっ、尻尾のポジションが悪くて
尻をモゾモゾしてベストな位置を探る。パパはコーヒーをお代わりし、ママはよく使い込んだ専用フライパンで作った完璧なプレーンオムレツを僕とパパに
「はいどうぞ…ぷ、ププッ」
「あ!ママ笑ったでしょ!」
「笑ってませーん♬」
僕は恨めしくグラスを
「今日の学校は休んで制服を作りに行きなさい。先生に連絡しておくから」
オムレツをナイフとフォークで器用に食べながらパパはメモに何か書きつける。
「僕がこうなったんはパパの身代わりなんやけんね、マジ勘弁してほしかよ」
「分かってる。大人のエゴに巻き込んだことは謝る。しかしその
「そう言われてハイソウデスネって納得ばできると思うと?…あと間抜けって言いかけたでしょ」
「そんなことはない。うん。見れば見るほど立派な変態だ」
時と場所を変えたらものすごく恥ずかしい評価だよそれ。
全裸だし。
「たった一日で変態をやり
スッターン!とリビング続きの和室から
「家の中とはいえ朝からその格好は
と言い、ママは困り顔で
「そうですよお義父さん、せめて用意してあります
と
「ちぇぇいせからしかっ。そもそもなぁ、悪の怪人は全裸が基本やぞ。
博多を代表する祭を例に出されてパパはむっとする。
「山笠は神事、同列にとらえることが間違ってるよ」
お爺ちゃんは聞く耳持たず。だっすだっすと床を鳴らして僕の方へやってきて。
「おお…尚宏よ、無事に変態しおって…」
あ、お爺ちゃんは
ぐわ、と肩を
「こともあろうに
えー…全否定?
「まあまあお父さん。
「そうですよお義父さん、牛さんは胃が四つもあるんですから。大抵の雑草も処理してござりましょう」
「実の息子のこの姿を前にして恥ずかしいこと言わんでよパパ。僕に草むしりさせるつもりでしょママは」
わなわなと肥えた出っ腹を揺らし、獅子頭の(旧)悪の組織のトップは両腕を天にかざす。
「由緒正しき悪の組織にあって
「えー?怖がられたり嫌われたりするやら、僕イヤや」
僕はオムレツの半分にケチャップを、残りに
「そいがモーモー鳴いて人間に美味しく
お爺ちゃんが椅子の背もたれの下の
「んくぅぬっ⁉︎」
腰骨の奥からすうっと虹色の風が吹き抜けた。体のエッチなところを最高にイヤラシイいじられかたをしたような感覚。
僕は思わずお爺ちゃんの
「ぐわおぇぬんぐらだぁぁーッ⁉︎」
お爺ちゃんの巨体がジェット機の
「な…なんというパワー…
「リアルに『ガク』って気絶しないでよ」
割と重めの家屋破壊が展開されてもパパは動じず、朝食の片手間にしたためたメモをテーブルの上に滑らした。
「朝ごはん食べたらこのメモにある洋裁店に行きなさい。十万円くらいあれば足りるだろう」
「高くない?」
「特製になるからそれぐらい
「でもパパ、この
「それなら任しんしゃい!腕によりをかけて作ってあげる」
遅れてエプロン姿のまま食卓についたママが二の腕を片手で抑えて強調する。確かに子供の頃はママにいろんな服を作ってもらったけど、高校生になってそれは恥ずかしいなぁ…
「いやママ、怪人用の服なら組合から割引で買えるから。尚宏だってお年頃なんだ、母親に頼りっきりじゃ彼女の
「アラ残念。じゃあとりあえず今日の外出用だけ後で仕立てますね。お義父さんの着古しのズボンとセーター…カーディガンでいけるかしら」
「着られればなんでもよかよ。あとパパ、僕男子校やのにどがんして彼女のできっと?」
「それはお前が
「アラやだ
パパとママが目の前で
仕立てるといってもお爺ちゃんのスラックスには元々尻尾用の穴が空いていたし、少し
庭木から立ち直ってきたお爺ちゃんも、ママの作った朝ごはんを食べながらうむうむと頷く。
「こうして見るとなかなか良か男ぶりやな。ばってんここまで強力に発現したからには、もしや周囲にも思いもよらん
「それってどんな?」
ボリリン、と
「さあ?考えたところでしょうのなかけん。まぁ
「え何それ
「大丈夫や。困ったらワシのすまぁーとふぉーんに助けば求めんしゃい。孫のSOSにはすぐ駆けつけるけん。あと友達には絶対にそん
「ハイハイ分かりました。じゃあ行ってきます!」
蹄に合う靴は無かったので、
午前九時半。駅まで歩いて地下鉄に乗り、メモにある繁華街の洋裁店には一時間もなく着くだろう。
「ひもじゅうなっても、その辺の衛生上不安全そうな草やら
「やめてよママ、牛じゃないんだから…ってそのネタもういいよ!」
のーっほほほほほ!という高笑いを背に僕は生まれ変わった姿で初めて街に出た。
少し離れた物陰から様子を窺う小さな影には気付かずに。だって周囲から浴びせられる奇異の視線を意識してしまい、いっぱいいっぱいだったのだ。
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