第23話 学校では初めて
俺は財布を持って自動販売機がある柔剣道場の近くに向けて足を動かした。
旭西中学の校内には自動販売機が何台か設置される。そのため、生徒達はお金さえ持っていれば、好きな飲み物を購入できる。
自動販売機があるのは他の中学と一線を画しているだろう。
しかし、もちろん授業中の飲食は禁止である。そのため、飲み物を補給できるのは休み時間、昼休み、放課後の時間ぐらいである。
俺はカラフルな光を放つ自動販売機の前に到着すると、早速お金を投入して麦茶を購入する。
ガタンガタンと機械から麦茶が詰まったペットボトルが音を出して吐き出された。
俺はそれを取り出した。その結果、冷たい感触が手に生まれた。
「あ!服部さん!」
その直後、後ろから女子生徒に声を掛けられた。ついでに名前も呼ばれた。
数回、聞き覚えのある声色だった。
俺は振り返り声の主を確認した。
「ああっ、山田さん」
濃いブラウンのロングヘアにブラウンの瞳が特徴的な女子の山田さんがあった。
「山田さんも自動販売機に用があるの?」
「はい!喉が渇きましたので、天然水でも手に入れようかと」
俺は自動販売機の目の前から退いた。邪魔にならないためだ。
「ありがとうございます」
山田さんは俺の気遣いを理解したのか。丁寧な口調でお礼を述べてくれた。
「えい!」
山田さんはお金を入れた後、天然水を購入した。
俺の時と同様、ガタンガタンとペットボトルが吐き出された。
「よく冷えてますね」
山田さんは天然水が入った水を見せびらかしながら、ニコッと微笑んだ。
「そうなんだ。俺のもすごい冷えてたよ。じわっと手に染みて来るよね」
俺たちはつい先ほど経験した出来事を簡単にシェアした。
共通の感覚を味わった者同士でエピソードを共有するのは案外悪くない。
「いきなりですが、今日の放課後、服部さんは何か用事がおありですか?」
山田さんはクリクリと大きな瞳を動かしながら、興味深そうに俺を見つめた。
「何もないよ。どうしたの?そんなこと聞いて」
俺は山田さんの意図が推量できなかった。そのため、非常に山田さんの狙いが気になった。
「そうですか。では、今日、私と一緒に下校しませんか?」
山田さんは頬をほんのりと赤く染めながら、照れ隠しのように笑みを浮かべた。
予想外の誘いだった。まさか、山田さんから帰りの誘いを受けるなど微塵も想像していなかった。
「俺は構わないけど。山田さんはいいの?こんな地味で冴えない人間と一緒で」
俺は自己評価が低いため、無意識に自身を卑下した。
「いえ。全然大丈夫です。それと、私は服部さんのこと、地味で冴えない人だとは思っていませんから」
山田さんは「1ミリもです」と口にすると、唇を噤んでギュッと購入したペットボトルを抱きしめた。とても大事そうに。
「そういうことですので。集合場所は1年生の昇降口前でよろしいですか?」
山田さんは俺から確認を得ると、「では!失礼します!」と早口でそれだけ残して、足早と俺から離れていった。
俺は呼び止めることもできず、山田さんの俊敏な動きで驚きながら、彼女の後ろ姿を眺めていた。
その最中、俺はある現象について頭を巡らせた。
山田さんの顔は数分前から終始、紅潮状態だった。なぜかわからないが、顔は赤く染まっていた。
そして、俺はその理由を必死に考えたが、全く思いつけなかった。
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