おまけ 二人旅行・中編【一万PV記念】

 ——甘いものが好きなのには理由があった。

 施設で出されるご飯は、なんというか質素だった。素人目に見ても栄養バランスは考えられているのだろうなと分かるようなものだったし、何より税金で養われている身分なのだからそれに文句を言う気は毛頭無かった。

 だけど、給食の方が贅沢品に見える程度には、子供心にあまり好きにはなれなかったのも事実だ。

 だから、という訳じゃないけど、誕生日とかクリスマスとか、そういう日に出る甘い物は、特別だった。

 特別だから、滅多に食べれない物だと思っていた。

 いつだったか、クラスメイトの誰かの家に遊びに行った時に、おやつとしてパンケーキのようなものを貰ったことがあった。

 私は、その家にとってその日が特別な日なのだと思った。

 だけど、違った。

 甘い物は、別に特別でも何でもなくて、普通の人は気が向けば食べられる物なのだと知った。

 私が甘い物を好むのは、当たり前の象徴だからだ。

 家族を求めたのも、当たり前だから。

 甘い物を求めるのも、当たり前だから。

 そんなことを思っている内は、多分私は当たり前から遠い存在なのだと思っていた。


 ◇


「何が有名だと思う?」

 相変わらず主語が無い天梨の言葉ではあったけど、付き合いが長いだけあって何を言いたいのか理解できてしまう自分がいた。

 部活の忙しい天梨だったけど、夏休みということもあり、姉さん達が旅行に行っているとメッセージすると直ぐに泊まりに来てくれた。

 楓姉さんと暮らしてから、一人の時間が嫌いになってしまったようだ。

「小田原城とか彫刻美術館とかかしらね。個人的には一夜城跡に行ってみたいのだけど」

「ふーん、なんかパッとしないとこなんだ」

 どうやら私の挙げた観光地は天梨の興味を惹かなかったらしい。

「芦ノ湖でカヤックとか、多分アンタはそういう身体動かせる方が楽しめるんでしょうね」

「そうだけど、なんか小馬鹿にされてる感じするなぁ」

 私は運動するよりは美術館とか資料館を巡る方が数倍楽しいんだけどな。そう思うと、私と天梨は正反対の性格をしている。

 それを思うと、何故天梨と一緒にいることが心地良いのか、理由が分からない。




 朝にメッセージしたというのに、天梨は昼前には駆けつけてくれた。そのせいか、昼過ぎには早くも時間を持て余し気味の私達はお互いにクッションを枕にごろ寝しながら会話をしている。

 私はこういう時間も好きなのだけど、活発的な天梨はこういう時間が続くと決まって、どこかへ行こうと言い出す。

「ね、どこか行かない?」

 ほらね。

 予想したドンピシャのタイミングで切り出すものだから、思わず口角が上がる。

「いいけど、どこに?」

「ボウリングかバッティングセンター」

 こんなにも魅力的じゃ無い提案なんてそうそう無い。とはいえ、私が図書館だとか映画館とか言っても天梨は乗り気じゃ無いだろう。

 いつも私達は正反対の好みから、互いに譲歩し合って、何とか落とし所を探す。

 だから天梨とボウリングに行った事もないし、映画を一緒に見に行ったこともない。

 趣味や好みが合う訳でもないのに、一緒にいて落ち着くというのは実に不思議だけど。



 十五分ほど話し合って出た結論は、食べ歩きだった。名称が違うだけでウィンドウショッピングのようなものだ。

 商店街にあるクレープも食べたかったし、本屋で参考書を買いたかったから丁度いい。

 天梨の方は……まぁ、外に出られるのなら何でもいいだろう。

「お、たい焼きだって、あれ食べようよ」

「たい焼きもいいけど、クレープの気分なのよね」

 とはいえたい焼きも食べたいといえば食べたい。うーん迷う。

「柊って頭いい癖にバカだよねぇ」

「え?何よいきなり」

「だって、どっちも食べたいなら、二つ食べればいいじゃん」

 天梨は当たり前のように言う。

 何となく、天梨といることが心地良い理由が分かった気がした。


 天梨は、当たり前を教えてくれるから。

 私を憐れむ訳でもなく、同情する訳でもなく。私がこれまで憧れて来た当たり前を教えてくれる。

 だから、一緒にいて心地良いのだとも思った。


 ——でも、不思議だな。

 当たり前だと思っていた家族が初めて出来た時、家族は当たり前では無くて特別な存在になっていた。

 私の憧れていた当たり前は、いざ手にしてみると特別な物で。

 それは単純に、それまでの自分が私には縁の無い特別な物だと思い込んでいたからなのかもしれないけど。

 それを考えると、私にとっての天梨は、当たり前のように隣にいてくれている天梨は。

 ——もしかしたら、特別な人なのかも知れない。

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