エピローグ 3
「あのさぁ、柊。たまにでいいから、甘く無いのをお姉さんは食べたいななぁって」
三連休の初日から我が家に泊まりに来た若菜姉さんは、私が丹精込めて作ったフレンチトーストがお気に召さないらしい。
フレンチトーストが嫌ならホットケーキとかジャムトーストにでもする?
と聞くと、どうやら朝から甘い物を食べたく無いようだ。
「あはは、私はもう諦めたよ」
楓姉さんは必死にコーヒーで甘さを誤魔化しながら食べていた。朝食は私の当番なのだから、少しくらい私の好みに合わせてくれてもいいのに、と思う。
「今日は二人はどうするのかしら?」
うん、バニラのアイスクリームを上に乗せて正解だった。甘党の私でも満足する甘さ加減だ。
咀嚼する度に口内に広がる甘味の幸福は、多分一人じゃ味わえなかったのだろうな。
「今日は朝までB級映画祭りね」
天梨のタブレットで気になっていた低予算低クオリティ映画をいくつか見繕って、宣言する。
天梨はあからさまに嫌そうな顔を浮かべているが無視して再生する。
何故かパラシュートを引きずったまま走る主人公のシーンの最中、視界の端で天梨が身体を動かしているのが見えた。
「なぁ、柊さ。なんでチテイジンなんて名乗ったんだ?」
映画が余程退屈なのか、天梨はソファに仰向けになってそんなことを訊いてきた。
おかしいな、笑えるシーンばかりなのに。
「うーん、大した意味は無いわ。昔読んだ小説で、元は同じ人間なのに一方は平和に暮らしていて、一方はその人間を食糧にして生きてる未来の話があったのよ。それで、その人間を食べる人間の方が地底人だったの。同じ人間の筈なのに、私だけ周囲とは違うと思ってた時、なんていうのかしらね、私も地底人みたいだな、って思ったのよ」
うわ何そのグロい話。
人が真面目に話しているというのに、天梨はそんな感想を言う。
まぁ、そういう真面目過ぎない所が、多分一緒にいて気疲れしない理由なんだろうけど。
私は何でも真面目に考えすぎるところがあるから。
「それに、昔私は地底人に会ったことがあるのよ。ホンモノかどうかは知らないけどね」
「え?なに?今度はオカルト話?」
「違うわよ。本人がそう名乗ってただけよ。施設にいた時、一度だけね。優しかったわ。最初は、この人が私のお母さんなのかなって、思ったくらい」
あの人は、何で私に会いにきたのだろう、とふとした時よく思い出していた。
幼い私は、彼女が会いに来た理由も分からないし、彼女が私を見て泣き出した理由も、懺悔の様な言葉を吐き出した理由も分からなかった。
少しは物が考えられるようになると、アレは母親だったんだろうなと半ば確信していたが、両親が心中した時、あの地底人のお姉さんは母とは違うことを知った。
「物心ついた頃の記憶だから、記憶違いかなとも思うようになったのだけどね、最近、あの地底人が誰なのか分かったの」
「ふぅん、で、誰だったの?」
「内緒。でも、最近は毎日顔を合わせてるわ」
「あ、椎本先輩?」
「いや年齢が違いすぎるでしょ」
多分。地底人なんて名乗ったのは、彼女なりの冗談か何かだったのだろう。
暗がりの中で、息を潜めて住む人種。多分そんな皮肉を込めていたに違いない。
だけど、地底人のお姉さんは、彼女は。
きっと最期は、楽しくて楽しくてしょうがないと思える人生だったに違いない。
だって、毎日見る彼女の笑顔の写真と、それを見る楓姉さんの表情は、とても幸せそうなのだから。
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