エピローグ 1

 物語はハッピーエンドの先も続くもので、恋が成就したからといって、いつまでも付き合いたてのようにお互いがお互いに熱を持ち続けるわけではない。

 とある事情から私と椎本はケンカ中だ。勿論、好きという気持ちが消えた訳じゃないけど。

「私はさ、別に椎本を否定したい訳じゃないんだよ。でもさ、いくら何でも頑固過ぎると思わない?」

 例によって私の相談相手は塚本と矢嶋だ。塚本はつまらなそうな顔でコーヒーを啜っている。ちなみに矢嶋はスマホゲームをやっているらしくスマホから顔を上げない。

「聞いてるの?二人とも」

 人が真面目に相談しているというのに、真剣に聞く態度では無いことに少し怒ってみるが、「んー」とかやる気のない返答だけが返ってくる。

「いやぁ、惚気話聞かされてもなぁ?」

「そうそう、ケンカじゃないでしょ、それは」

「何でそんな冷めてるのさ。ケンカ中だよ、昨日だって土曜日なのに泊まらないで帰ったくらいなんだから」

 むぅ。

 何で分かってくれないのだろうか。

 ヘソを曲げてストローに息を吹き込んでコーヒーをブクブクしてると、呆れたように塚本が言う。

「ケンカ……ねぇ?なんだっけ?理由は」

「だから、椎本が高校卒業したら就職するって言うんだよ?そりゃ学費が厳しいのは分かるけどさ、奨学金なら私も社会人になったら一緒に返すって言っても、迷惑かけたくないってさ。私のこと信用してないんじゃないの?」

 原因はつい先日に配られた進路調査書だった。私は大学進学するつもりだから、椎本と同じ大学を選択しようと話をしたら、就職するなんて言い出したのだ。

 奨学金制度だってあるし、返済なら二人で返せば何とかなるのに、頑なにそれを了承しない。

 椎本は私と一緒に大学へ行きたくないのだろうか。

 彼女が私に気を遣って言ってくれているのは分かるけど、そんな不安が時折過ぎる。

 自分でも面倒臭い彼女をしてるな、とは思う。恋人の意見はなるべく尊重したいけど、それにしたって少しは私の希望も聞いてくれたっていいじゃない。

「あー、そういや、こないだ柊がげっそりしてたな。もしかして、柊にも同じ相談した?」

 塚本は意外と柊を後輩として可愛がっている。私には理解し得ない趣味だけど、矢嶋を加えて三人してB級映画同好会なんて言って映画を見に行っているようだ。


「勿論。でも最近柊も生意気になってきて、適当な相槌で済ますからさ、二人に相談してるの」

 柊にこの話をすると最近は露骨に面倒くさそうな表情になる。

「そりゃ柊ちゃんも災難だねぇ。江月、交渉ごとのコツは相手と自分の最大限譲れないラインを見極めることだよ」

 ようやく矢嶋がそれらしいアドバイスをくれる。とはいえいまいちピンとこないけど。

「江月は椎本さんと同じ大学に行きたい、椎本さんは江月に迷惑をかけたくない。今のところはそれが論争点でしょ?」

「うん。迷惑なんて思ってないのにね」

「もしかしたらお金の問題じゃないかもよ?迷惑をかけるっていうのは」

 いつの間に頼んだのか、フライドポテトに手を伸ばした矢嶋は、さらりという。

 お金以外の問題?

 はて、なにかあっただろうか。

 逡巡してみるが、どうにも思い当たる節はない。首を捻っていると、塚本にはその理由が浮かんだのか、突然笑い出した。

「塚本はわかったの?」

「まぁ、私の予測が正しいのなら、江月に黙ってるのも何となく分かる」

 私に知られたくない理由?もしかして……!!

「う、浮気……?」

「いやそれはないでしょ。私から見てもかなり江月にゾッコンだし」

 なんか古臭い言葉を使う塚本は、ないない、と手をひらひらさせた。

 それは安心だけど。安心というより、第三者からそう見えてるのは恥ずかしいを上回る勢いで嬉しいくらいだけど。

 では、何が理由なんだろうか。

「いや、江月が行くレベルの大学に、椎本の成績じゃ難しいからだろ」

 恐ろしく冷徹に、当たり前のように塚本は答える。

 た、たしかに……。椎本はああ見えて、勉強が不得意だった。

「じゃあ、私が大学のレベルを落とせば……!!」

「だから、そういうのも引っくるめて迷惑になるって思ってるんだろ?じゃあ、やれることは一つしかないな」

 塚本は意地悪く笑う。塚本だって椎本と成績は殆ど変わりない癖に、自分のことを棚に上げていた。

 矢嶋は塚本のそんな隙を見つけて早速弄り始めていたけど。


「ありがとう二人とも、私が椎本に勉強を教えれば良いんだね」


 高校に入ってから、私は人間関係への偏見が大分薄らいできていた。

 椎本からは人を愛することの尊さを、塚本と矢嶋からは友人という存在がいることのありがたさを。

 私は人から教えてもらってばかりだな。

 そんな私が、椎本に何かを教えるというのは、少しだけチグハグだな。

 すっかり日も暮れた午後九時の帰り道で、一人そんな事を思っては、少しだけ笑ってみた。

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