第二十四話 いつも君を想う日々

 あれから半年近くが経った。

 江月と出会ってから一年が過ぎたことを思うと、濃密な一年間だった。

 相変わらず江月は庭の手入れを欠かさない。地底人のお姉さんとの約束のことらしいが、江月は記憶が朧気なので本当に地底人と名乗っていたのかどうかすら定かではない。

 私はといえば、とある理由で四月から生活は一変した。


「楓姉さん、朝ごはん出来たわよ」

 中学を卒業して、施設から出ることになった柊をウチに住まわせることにしたのだ。

 勿論、私にだって金の余裕は無いので柊にもバイトをしてもらっている。奨学金で学費が安くなっているからと言っても、やはりお互いに生活が厳しいので二人でバイト三昧な日々だ。

「ありがと。柊、今日はバイト?」

「……楓姉さんと若菜姉さんの邪魔にならないように、ナンテンの家に泊まりに行くわよ。そういうことでしょ?」

 まぁ、一緒に暮らすということは、江月との家デートも出来ない訳で。

 それでも柊は気を遣ってこうして偶にナンテンの家に泊まりに行く。

 申し訳ないなと思いつつも、私だって江月といちゃつきたいので思い切り甘えることにする。

「あはは……ありがと」

 同じ高校の後輩になるのだけど、今では姉という立場も加わっている。

 とはいえ、寝食を共にして二ヶ月も経つと、ある程度心を見透かされるもので、江月と共に過ごす日は気を遣ってナンテンの家に柊は泊まりに行ってくれてる。

 高校を卒業したら、江月とも一緒に暮らしたいんだけど、まだそこまで先の話はしていない。

「たまには可愛い妹の相手をしてくれてもいいのに」

 洋服のお下がりをプレゼントしたり、バイトの給料日には外食に連れて行ったりと、自分の中では結構甘やかしてるつもりなんだけどな。

 だけど、やっぱり家族とはそういうもので、どこまでいっても憎めないし、なんなら溺愛してしまいそうな自分がいるのも事実で。

 江月も江月で、この新しい妹にはなかなかの甘やかしっぷりを発揮している。

 その内、江月のお父さんにも話す時が来たのなら、江月姉もきっと猫可愛がりするのだろうな。

 そういう末っ子気質を持っている柊をずるいと思うし、同時に庇護欲のようなものも掻き立てられる。

 恋人とは違う、親子とも違う。

 そんな関係性もまた、私にとっては幸福の一つの形になりつつあった。



 バイトへ向かう柊を見送ってから、そのまま江月の家に向かう。江月も最近バイトを始めたから、デートは結構久しぶりだ。


 静かな山の手の古庭では、梅、蓮花、桃、藤、山吹、牡丹、芍薬と順々に咲いていっては散っていった。

 つまりは初夏ということになる。

 江月は今日も庭の水やりをしながら私を待っていてくれて、門扉の軋む音で私の来訪を感じ取ると笑顔で振り向いた。

「ね、さっき思いついたことがあるんだけどさ」

 唐突に江月は言う。まるでさっきまでの会話の続きを話すかのようだ。

「ん?思いついたこと?」

「夏休みにさ、どこかに旅行に行かない?二人だけでさ」

 思えば、二人で遠出をしたことはなかったかもしれない。

 これまで旅行に何の魅力も感じていなかった私だが、江月との二人旅というワードは私の心を躍らせる。自分でも単純な人間だなと、少し笑った。

「夏なら涼しいところがいいね」

「となると、避暑地?高原とかかなぁ」

「江月は?行きたいところないの?」

 当たり前のように私の意見を採択する江月だったが、私としては二人で楽しみたいので江月の意見も気になるところだ。

「今年は椎本の行きたいところにしようよ、その代わり、来年は私の行きたいところね」

 思いつかなかったのか、それとも元々そう考えていたのか、残念ながら江月の答えは聞けなかった。

 だが、私と江月の語る未来の話は、いつだって二人が一緒にいることが前提の話だ。

 恋人同士の会話なのだから、それが当たり前だと言われるとそれまでだけど。

 当たり前のように、これからもずっと二人一緒だということが嬉しい。


 母が死んでからの私は、将来の自分を想像した時、いつも一人だった。

 それは孤独とかそういうわけじゃなくて、誰かを愛するとか好きになるとか、そういうことが分からなかっただけだ。

 今思うと、理解出来なかったのではなく、多分心の防衛本能のようなものだったのだろう。

 母が死んだ時の悲しさとか辛さを二度と味わいたくなくて、愛する者を失う怖さを恐れていたのだ。


「ね、椎本。今日はどこへ行こうか?」

 江月は散水の手を止めて私を見る。

 考えるフリをする。正直に言えば、江月とならどこだって楽しい。

 それでも、どこでもいいなんて回答されたら私だって困ってしまう。

 そうだ、旅行に行くのなら、それを調べるのもいいかもしれない。

「ショッピングモールの中にさ、代理店入ってたよね。あそこ行って、旅行先でも探してみようか」

「お、それいいね。そうしようか」

 自然と手を繋いで、私たちは歩き出す。

 何となく振り向くと、春先に咲いていた華は枯れ始めていて、代わりに初夏に蕾を開く華達が開花するその時を待ち望んでいるかのように背筋を伸ばして太陽を見ていた。



 今でもやっぱり、愛する人を失うのは怖い。

 でもそれ以上に、江月からは離れ難い。

 照れ屋なのに意外と積極的な所とか、話好きだけど口下手な所とか、歳下に対しては先輩風を吹かせるのに甘え上手な所とか。

 江月のことを一つ知るたびに、私の好みが塗り替えられていくようだ。

 好きになる度に、愛が深まる度に、その恐怖は増していく。



 それでも、そんな怖さなんか麻痺させてしまうような、この先の未来を想うことを、希望と呼んだりするのだろうな。

 季節の終わりに花が枯れても、次の季節の花が咲き誇るように、悲しいことの次には楽しいことが待っている。


 これからもずっと続く、いつも君を想う日々が、私にとっては希望と呼べるのだろう。

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