第十九話 曰く、罰の話 ①

「なんだ、もっと凹んでるもんかと思ったよ」

 江月と連絡が取れなくなって半月が経った。昼休みに入ったので食堂の席を陣取ると、塚本が私の席の隣に座るなりそう言った。

「いきなりだね。塚本のところにも連絡来てないの?」

「お前のとこに来てなかったから、私のとこにも来ないだろ」

 謎に胸を張って言いながら焼肉定食に箸を伸ばす塚本。

 この食堂でカレー以外を食べている人を初めて見た。どうやら塚本は普段から売店派らしく、案の定焼肉定食を食べて直ぐに妙な表情を浮かべた。

「なんだよ、この甘ったるい焼き肉」

「あ、やっぱそれも不味いんだ」

「矢嶋の奴が、焼肉定食だけは美味いとか言ってたんだけどな」

 矢嶋さんは変わった味の好みらしい。よく知らない人だけど、変な情報を入手してしまった。

「んでさ、どうするのさ」

「どうするって?」

「江月のことだよ。このままって訳にもいかないだろ。出席日数だってあるんだしさ」

 とはいわれてもなぁ。

 江月に何があったのか知らないし、手掛かりもない。

 むしろ塚本の方が何か知ってるんじゃないかと思ったくらいだ。

「お前も知らんってことは、要するに学校関係じゃなさそうだなぁ。アイツの交友関係狭いし」

 交友関係と言えば、最後に会った時はナンテンとその後何処かで遊んでいた筈だ。

 となると、ナンテンが知っている可能性があるな。あれからナンテンも姿を見せないし。

「……はぁ、お前もさ、いい加減そういうの止めろよな」

 そんなことを逡巡していると、塚本は深い溜息の後、うんざりするように言う。

「そういうのって?」

「だから、自分は取り乱してませんっていうフリだよ。貧乏揺すりは凄いし、表情だってずっと怖い顔のままだぞ?」

「……塚本にはいつもバレるね」

「分かりやすいんだよ。椎本はさ。多分、そうやって強がってるのが分かりやすいから、連中も面白がってたんじゃないの?」

 塚本は平気で触れ難い話題を出す。それは決して空気が読めないとかでは無くて、多分、彼女なりの気遣いなのだろう。

 今にして思えば、中学時代の塚本も、私をいじめていたグループに反論して孤立していた気がする。私と違って口も手も出すのでイジメの対象にはなっていなかったけど。

「そういや、増田のこと許したんだってな」

「…うん」

「……それを早く江月に報告してやれ。アイツなら自分のことのように喜ぶさ」


 塚本とそんな話をした日の放課後。

 私はナンテンに連絡をつけた。

 なんでも塾のテストが再来週にあるらしく、その後の土日なら空いているそうだ。

 無理に呼び出すのも悪いので、取り敢えずその土日のいずれかに会うことを約束した。

 ナンテンに会うまでの間、いや、それ以前からだが、私は毎朝椎本の家の前を自転車で通っていた。

 それは単純に元からの通学路であるという建前があるのだけれど、本当は椎本ともしかしたら会えるかも知れないという、ちょっとした希望でもあった。

 会うことは叶わなかったけど、ナンテンと会う約束の前日。偶々たまたま、江月の姉に出会した。

「あ、あのバイトの子だよね?若菜に会いに来たの?」

「会えないんですけどね。江月……じゃなくて、若菜さんに何があったか知ってます?」

 江月姉は少し考え込むような仕草をした後、「いやぁ全然。部屋にも引きこもってるしね」と、何でもないように答えた。

「でも、前もこんな事があってね。両親が離婚して母が家を出て行った時、あの子は同じように一週間くらい引きこもったわ」

 以前、江月が言っていた例の母親か。

 あまり江月にとっていい思い出ではないらしく、私も深く追求することは無かった。

「それで、その時はどうやって乗り越えたんですか?」

「さぁ?勝手に出てきた記憶しかないわね。でも、その後から人見知り——いや、人嫌い?みたいな感じにはなったけど。最近は結構マシになってきたけどねぇ」

 その江月姉の言葉で合点がいったような気がした。

 江月は、生まれながらに人付き合いが苦手な生粋の人見知りである私と違って、元来は人付き合いに抵抗の無い人間だったんだ。

 そんな気配は所々にあったし、多分母親との辛い過去が、彼女を酷く歪ませたのだろう。

 本当は人懐こい性格なのに、どこか他人に怯えていた江月だから、友人になったのだろう。

 そういう二律背反な人間だからこそ、私は彼女に惹かれたのだろう。

 こんな人間に多分、私は二度と出会えないし、好かれない。それに多分私はもう、江月以外を好きになれない。

(江月が悪いんだよ。こんな厄介な人間を惚れさせた、君が悪いんだ)

 江月のせいすると、少し愉快な気持ちになった。

 今度は私の番だから。

 そんなことを思うと、震える程、勇気が出た。


 ナンテンを呼び出した場所は、我が家だった。

 食欲旺盛なナンテンは何か食べたがっているだろうと、朝からホットケーキを焼いていると、直ぐに約束の時間になっていた。

 インターホンの音がする。

 どうせナンテンだろうと、誰何すいかせずにドアを開けると、白銀の髪色をした少女が立っていた。

 不敵な笑みとはこういうことを言うのだろうな、となかなか実生活ではお目にかかれない表情に関してそんなことを思っていると少女が名乗る。

「叶柊っていいます。初めまして、楓お姉さん」

「初めまして……だっけ?前に墓地で会わなかった?」

 妙に朧気な記憶だが、確か夏に会った時はもっと幼かった気もするが。そもそも、何故あの時彼女と会ったんだっけ。

 どんな話をしたのだったか。

「墓地で?私は楓お姉さんと会うのは初めてだと記憶しているけど」

「じゃあ勘違いかな……君はナンテンの友達なの?」

 そもそもナンテンを呼び出したのに別の人が来ていることを今更おかしく思う。

 まぁ名前を知っているということは、ナンテンの友人なのだろうと至極簡単な推理をしたところで、そう問うと、軽く肯定した。

「今日はナンテンは来ないわよ。私が頼んで、貴女と二人きりにさせてもらったから」

「ええと……私に何か用があるのかな?」

「若菜お姉さんに伝えたこと、貴女にも伝えないとフェアじゃないでしょう?」

 それは一体どいうことだろう。

 江月とも知り合いなのか。いや、ナンテンの友人ということは江月の後輩という可能性は高い。それは当たり前か。

 となると、いよいよ先輩でも何でもない私に伝えなければならないことの想像がつかない。


「私の名前は叶柊。だけどね、これは今の名前なの。施設がつけてくれた名前。多分、本来だったらこんな苗字になってた筈よ」

 頭を整理していると、私の返答を待たずに、柊は言葉を紡ぐ。


「——宗像むなかた柊。貴女には、聞き覚えのある苗字でしょう?ねぇ、元・宗像楓さん?」


 宗像は、家を出た父の苗字だった。

 無意識に、母の仏壇に目を向けて遺影を見てしまう。

 母は笑ってばかりで、何も答えなかった。

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