第九話 火花散る ②
「……珍しいこともあるもんだな」
相変わらず
江月に塚本のチャットIDを教えてもらい、私は翌日の日曜日に彼女を公園に呼び出した。
江月に理由を聞かれたが、中学時代の同級生で、その関連の話があるとはぐらかして説明したが、果たして納得したのかどうかは分からない。
「素直に来てもらえるとは思ってなかったよ」
「……別に無碍に扱う程、嫌っちゃいないさ。それで、何の用事だよ。まさか、この期に及んで私と仲良しこよしって訳じゃ無いだろ?」
「……それなんだけどさ、これ見てもらえる?」
私は昨日来たメッセージを塚本に見せる。画面を覗き込んだ塚本は、初めは訝しそうな表情だったが、読み進めるうちに、嫌悪感のような呆れと怒りの入り混じったような表情に変わっていく。
「チテイジンって、あの同窓会の招集をかけたやつか?」
「それを地底人、って呼ぶならね。それで、心当たりはある?」
「こう言うのもなんだが、アンタを大なり小なり嫌ってる奴は多いと思う。だが、こんなメッセージをわざわざ送るほど憎んでいて、尚且つ江月のことを知ってるとなれば、ある程度は絞れるな」
「……やっぱり、同じ高校に進学した元クラスメイトってこと?」
「まぁな。それも特にアンタを毛嫌いしていたグループだろうよ。そうなると…、アタシが知る限りだと、増田、新村、庄野あたりか?」
増田さんは今も同じクラスなので知っていたが、新村さんと庄野さんとやらは、同じ高校に進学したことはおろか、同じクラスだったはずなのに顔すら浮かばない。
「断定はしないがな。アンタのせいで修学旅行も文化祭も卒業式もあんな空気になっちまったのを大分恨んでたぜ。椎本の教科書が破られたり、机を水浸しにしたり、カバンを隠したりした犯人もだいたいそいつらだしな」
「……ああ、そんなこともあったね。そういえば、呼び出されてゴチャゴチャ言われたこともあるけど、その三人だったかな?」
正直言って、あの頃の私は彼女達の嫌がらせに対して、何一つ思うことはなかった。
ただ母が死んで、それが余りにも悔しくて、苦しくて、喉首を掻きむしりたくなる程に何かを叫びたかった。
「……アンタがそんなに苛立ってるのは、江月の名前がここにあったからか?」
「私がそんなにイライラしてるようにみえる?」
「貧乏ゆすり。それ、無意識にやってんだろ?不思議だな。中学の頃、アンタはどんな嫌がらせを受けても平然としていたのにさ」
塚本の指摘に、私は初めて気づく。この妙に落ち着かない気持ちというのは、ああそうか、江月が巻き込まれたということに対する苛立ちなのか。
「私ね、江月と友達になれてからさ、結構前向きに物事を考えるようになったんだよ。毎日が--って言うと大袈裟だけど、それでも何年かぶりに学校生活が楽しいと思えるようになったんだよ」
それは僥倖で、偶然に過ぎない結果だとしても。それこそが、彼女の望む全てでなかったとしても。
私はそれが支えだった。だから--。
そう考えた私の言葉を、塚本は予測していたのか、荒っぽい言葉で私を遮った。
「だから、江月と距離を置くってか?唯一の友達を守るために、今まで嫌がらせをしてきた連中から江月を巻き込まないために?」
あんまりふざけるなよ。
怒声が塚本の腹の底から出てくるのを、どうにかして抑え込んでいるような、苦々しい声色だった。
「いつまでも悲劇のヒロインを演じるのをやめろよ。確かにアンタは悪くなかった。だけど、それは最初だけだ。全てを諦めたフリして、反撃も何もしないから、一年前、あたし達のクラスはあんなことになったんだぞ?理解してんの?」
「分かってるよ。だから私は、江月に何か被害が出る前に……!」
「分かってねぇよ。多分この地底人とやらが未だにアンタに執着してるのは、去年クラスを滅茶苦茶にした張本人のアンタが、今頃になって高校生活を満喫してるのを見たからだ。そんなのは下らねえ嫉妬心だ。自分より不幸な奴が、不幸なままでいないと気に食わねえって人間だぞ?アンタはいつまでそんなクソみたいな奴にやられっぱなしでいる気だよ」
塚本が何に腹を立てているのか、理解できなかった。
ただ、その怒りが本物であることは分かるし、本気で言っているのだとも理解できる。
「いいか椎本。これからアンタがしなくちゃいけないのは、江月と距離を置くことじゃねぇ。キチンと全てを説明して、助けを求めることだ」
「助けを?私の問題なのに?」
「それが出来なかったから、去年はあんな風になったんだよ。あの時だって、素直に助けを求めれば、アタシだって、クラスメイトだって、一緒になって支えることができた。他人に助けを求めるのは無責任じゃないんだよ。手の届く距離にいるのに、何も伝えないのは拒絶と一緒なんだ。あたし達はアンタに拒絶されていると感じた。あの時のあたし達にした事を、江月にもするっていうんなら、今度こそあたしはアンタを許さねぇからな」
塚本は私の胸ぐらを今にも掴みかかりそうな勢いで捲し立てる。
「それで何か被害に遭ったらどうするの?何かやられるなら私一人で十分だよ。怒りや憎悪は時間が過ぎれば薄れていく。それは、もう分かってるよ」
「……テメェっ!!」
今度こそ、塚本は私の胸ぐらを掴んだ。
江月のためにここまで怒れる友人がいるのだ。彼女に何一つ差し出せない私が出来ることといえば、彼女に少しでも迷惑をかけないようにすることなのは、明白であることを塚本は理解できないのだろうか。
「……分かってねぇよ。もういい、アタシから江月に伝える。お前は助けを求めないんじゃない。助けを求めてそれを拒まれるのが怖いだけだろう?」
「……」
突き放すように塚本は手を離すと、私はベンチの背もたれに叩きつけられた。
背中の痛みに顔を歪めるが、塚本はそれを見ようともせず踵を返した。
「……求めるのが怖いのは、それが理由なのかな」
痛みの伴わない棘のようなものが、鎖骨のあたりで熱を持っている。
塚本の投げ捨てた言葉は、もしかしたら私の本質なのかもしれない。
孤独が好きなのは、そう思い込んでいるだけ。
隣にいたいのに、それを拒否されるのは辛いから。
他人を嫌いなのは、そう思い込んでいるだけ。
友人だと思っていたのに、それを否定されるのが悲しいから。
人を好きになれないのは、そう思い込んでいるだけ。
本当は好きなのに、それを望まれないのが苦しいから。
轟々と流れる感情の濁流が、私の本質を押し流していく。
嘘で塗り固めた私の全て。
自分を守るための醜い本音。
何かが、光った気がした。
火花のような、何かが、閃光のように。
「塚本!」
彼女を呼び捨てにしたのは、私の決意の表れだったのかもしれない。
本気で、本音で、礼儀などかなぐり捨てて。
私は江月と向き合うと。
そして、過去と向き合うと。
「ありがとう、塚本。私から江月に話すよ。もちろん、助けも求める。塚本も、私を助けて欲しい」
「………それが一年早けりゃ、私達は友達になれたのかもな」
塚本は笑う。
その笑顔は多分、彼女の言う通り、一年早ければ当たり前のように見られた笑顔なのだろう。
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