空が降る

 今日も私達は戦う。これがいつから続いているのか、いつまで続くのか、誰もわからないのに。


「起床ー!」



 毎朝日が登ると同時に号令が響き渡る。熟睡していたであろう皆が一斉に目覚め、手早く支度をし部屋を出て行く。不思議なことだが、どれ程体が重くてもあの一声さえあれば私達は目が冴えるのだ。私も遅れまいと部屋を駆けだす。

 ぎっちりと詰まった通路を抜けなんとか外へと這い出る。暗がりから一転、澄んだ陽の光が眩しい。隊長にドヤされる前に、揉まれ乱れた装備を整える。


「各隊整列ーっ!」


 整然と並ぶ勇士たち。こっそりと視線を動かすとチラホラと新入りの顔が見えた。前回の大敗分の人員補給はしっかりとされたらしい。


「各隊傾注!本日の作戦を説明する!」


 壇上で矢継ぎ早に行われる行動指示。決して聞き漏らしては行けない。戦いとは、駒一つ一つが自信のステータスをどこまで引き出し、どこまで忠実に行動できるかに掛かっているのだから。


「四番隊はキノコの丘方面を迂回し背後を突く!今回使うルートは普段は水没しているが、昨日より水位が大きく下がっているのを確認済みだ!」


 四番──、つまり私たちの隊が今日の戦の要らしい。その事を理解した途端、皆の士気が瞬く間に膨れ上がる。


「諸君らの働きで勝利の美酒か敗北の泥水かが決まる!奮起せよ!我等へ勝利を捧げよ!」


『おぉぉぉぉぉ!』


 歓声に便乗し私も雄叫びを上げる。これが私たちだ。疑わず、無駄口を開かず、戦わねばならないのだ。













「でもさぁ、やっぱおかしいと思うんだよね」


 巨大なコンクリートに囲まれた川底を進軍中、思わず愚痴が溢れていた。


「おかしいって、言われてもねぇ」


 隣を歩く相方が呆れ顔で首を振る。勿論私だってこんなバカらしい考えしたいわけではない。気になってしまうのだ、色々と。


「だってさ、戦い続けてどれくらい経つと思う?少なくとも私達が生まれてずっとじゃん!」


 少なくとも、物心ついた頃には戦士としての心構えを躾けられていた。それが、当然だった。

 違和感を覚えたのは、前線に立つ様になった一週間程前だ。戦いは激化しているのに、ここ最近食事の質が一段と悪くなった。それだけならまだしも、いくら勝っても何も取らずに終わる。そして、また明日が来る。


「だから考えたんだ。もしかしてこの戦いって茶番じゃないのかって」

「茶番ねぇ」


 興味なさげな相槌を…理解してもらうつもりも無かったからいいけど。


「もう少し興味持っても良くない?」

「んー、まぁ。もっとご褒美があってもいいなとは思ってるよ」


「発見!発見!各員攻撃用意!」


 だからそうじゃない。と反論しようとした矢先、先頭班から指示が飛ぶ。さっきまで苦笑いを浮かべていたのに、即時に臨戦態勢を取る相方。慌てて私も武器を構える。


「このコンクリート壁を越えれば戦場だ!いくぞ!」


 皆壁をよじ登り次々と戦いへと身を投じていく。私も遅れまいと這い上がり、荒れ狂う舞台へと踊り出した。


 目の前を死骸が舞う。吹き飛ばされたくない。目の前の、大きなキノコの影に身を寄せる。相方は、何処!?メクラに弓を穿ち周りを見渡す。

 視界の端にギラリと刃が映る。不味い、切られた。


 

 否、生きている?


「大丈夫!?」


 放心している間に、返り血に濡れる相方が側にいた。礼を発する暇もない爆発。身を庇うだけで精一杯な世界。情けなく生き延びる為に、仲間を見捨てざるを得ない世界。なのに、私を庇いに来てくれた。


「死にたくないんだろ!腰抜け!」


 状況がわからない。知らない間に大混戦へと巻き込まれた。どっちが味方かわからない。


「あっちにいけば本隊と合流出来る!北だ!こっちはダメだ、反撃で壊滅してしまった!」

「いいか、本隊に西から殴らせろ!今ならこちら側に戦力が固まっている!背後を突ける!」


 相方は、相変わらずとても強かった。動揺する私に指示を出すと、壊れかけの槍一本で駆け出していた。呼び止める暇もなく。

 



「不味い!鉄砲水だ!」


 誰かの叫びが耳をつん裂く。振り返ってしまった。濁流が皆をまさに押し流していく。不味い。逃げないと。義務を果たねば、ならないから。

 何故、死に直面しているのに。まだ義務なんて言っている?わけがわからない。水が、すぐそばまで。空が暗い。多分、私も流される。でも、まぁ。まだ死にたくはないな────

 














──プチッ




「あー!ちょっと先生!またリカちゃんが実験槽で遊んでる!」

「んあ?いいよ別に。もうそれいらないから」



 先生と呼ばれた若い青年が、書類から顔も上げずに返事を寄越す。


「こーらリカ!そんなアリさん潰したら可哀想でしょ!もー水飲み場ひっくり返しちゃって…」


 大学生くらいだろうか。若い女性がやれやれと言わんばかりに幼女を抱き抱え、巨大な水槽に蓋をする。中には枝や石で身を固めた大きな蟻達が無意味な争いを繰り広げていた。


「先生も、もう実験中止だからといって放置はダメですよ。もう何日餌やってないんですか」

「一週間」

「殺処分にでもする気ですか?たかがアリなんですし、野生に返しても──」


 面倒そうに博士が顔を上げる。不貞腐れて覇気を失った目。精神力が底をついた男がそこにはいた。


「元々スポンサーから依頼された生物兵器だって知ってるだろ。生態系を壊す気か」


 文句を垂れ流しながら青年がTVを付ける。そこには、無数の人々が血を血で洗う光景が映し出された。品のない実況。熱狂し沸き立つ観客。


「そういえば“ガンゲーム”用でしたね。そう考えると中々性能は良さそうですけど」

「餌もなく水も腐っているのに一週間も生きてるのが不思議なくらいさ」


 モニターから一際大きな歓声が飛ぶ。会場の外へと爆ぜる瓦礫の山。少し遠くから風切り音が鳴り。どこかに落ちた衝撃に微かに窓が震える。


「…なぁ。俺らは一体何をしてるんだろうな」


 先生が傍らに立つ学生に問いかけた。彼女は一瞬理解が出来ず怪訝な表情を浮かべるが、再びにこやかに答えた。


「何って…人が未来へと進むための研究ですよ」

「この虫ケラがか?馬鹿らしい。こんな物を欲する人類が未来に進めると思うか」


 水槽に彼らが歩み寄る。ついさっき赤子に荒らされたというのに、中では未だ争いが白熱しているようだ。小石を飛ばすもの。枝を槍のように使うもの。中には弓のように扱っている個体もいる。虫としては一歩も二歩も進んだ知能を持っていると言えるだろう。


「道具を作り扱う知能があっても。コイツらは僅かに生えたキノコや死体を食って戦いを続ける。未来はもう無いというのに」


 三度沸き立つ歓声。どうやら勝者が決まったらしい。派手な演出と共に祭り上げられていた。


「あのガンゲームとこの縄張り争い。違いがあるか?作られた環境で戦い続け第三者を喜ばせる。まるで同じではないか?」


 そんな騒ぎとは裏腹に陰鬱な表情で先生は吐露を続ける。真っ黒に濁った目が心情を表しているかのようにも見えてくる。


「先生、相当疲れてますね。書類は私が片付けますから、一度ゆっくりなさってください」


 幼子をあやす片手間に先生を宥める。優しい手つきで、先生の背を撫でる。彼女に取って精神の安定しない先生の扱いは慣れたものなのだろう。


「……あぁ、すまない。大丈夫だ。今朝、悪夢を見たせいだろう」


 先生の肩が小刻みに震えていた。幼児をそっとソファーに置き、彼女はそっと先生の肩へ手を回す。


「夢なんて気にする必要ないですよ。大丈夫ですから。私がいます」


 暫しの沈黙。お互いが肌の温もりを感じ取る時間。いつのまにかTVの騒音は収まり、ニュース番組へと移り変わっていた。淡々と報道を続けるキャスターの声が響く。


「…ん。ありがとう。君の言う通り、もう少し休ませてもらうとするよ」


 博士はゆるりと腕から抜け出しソファーへ腰を鎮める。代わりに彼女がデスクへと座り、書類の整理を始めた。静かに時間が流れていく。


「そういえば、見た夢ってどの様な夢だったんですか?」

「あー…なんというか。巨大な影に潰されるんだよ」


 彼は温かなコーヒーを嗜み思い返す。まるで、あの水槽の中にいる蟻達の様だったと。彼だって作られた命に情が無いわけではない。きっと、その心が悪夢を見せたのだと。あの小さな命も、尊重せねばならないという驕り高ぶる精神に対する警告なのだと。自分達も等しく、同じ存在だというのに。

 やけに雲の低い、そんな一日だった。明日こそは、新たな研究を始めよう。そう願い、彼の意識は微睡んで───












 



──プチッ






お題:ガンゲーム きのこ コンクリート

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