No.28 - 調査
「観測可能範囲内に恒星なし、一切の座標系へのアクセスも出来ません。現在我々は、未知の宙域を漂流している様です」
稼働しているレーダーは全て、周囲の状況を観測できていない。艦橋の窓から覗く視界は薄暗く、不気味な光に満ちた摩訶不思議な宙域が続くだけだった。その報告を受けた後、レーダー班長・張偉に集まっていた視線は、彼らの知識では及ばない、まったく経験したことのない状況への戸惑いの色を浮かべる。シドは艦長席の方へ歩み寄って、冷静に取るべき行動を見定め始めた。
「この宙域からの脱出に関してはまだなんとも。各種記録がおおむね24時間程度欠落しているので、復旧には時間が必要です」
「……ひとまずは艦の補修をしつつ観測を続ける他ないか……」
そう言ってサコミズは顎を引いて下を向き、目を閉じて考えを巡らせる。しばらく顎に手を当てて唸った後、不安に満ちた雰囲気を払いのけるように指示を出し始めた。
「艦外部の調査と補修を開始する。戦闘班長、甲板員を伴って艦外部へ散開。警戒を維持しつつ補修を急げ」
「はいっ」
指名された青年はすくっと席を立ってエレベータの方へと向かい、通話を開始しながら艦橋を出ていった。シドはその姿が扉の向こう側へ消えるまで見送った後、再び艦橋の外の空間へと視線を向けた。
「まるで次元断層だな……」
「次元断層、ですか?」
薄緑に濁った空間を睨みながらそう呟くと、張偉が首を傾げ、眉をひそめながら尋ねてくる。シドは張偉の方へ向き直って、真剣な表情を少し崩し、苦笑いを浮かべながら頷いた。
「あぁ。古い時代のサイエンス・フィクション作品に登場した概念だ。我々が実際に住む宇宙空間のすぐ傍に存在する、全て物事の法則や――」
シドが現在置かれた状況に想像上最も近い概念について説明しだそうとしたその時、ブツッと音を立てて艦内通信が開かれる。通信の向こう側にいる人物の焦りがそのまま伝わるような音割れと共に、その声は艦橋中に響いた。
『こちら機関長! 第1艦橋、応答願います!』
シドは――彼だけでなく艦橋にいた船員は漏れなく、あまりの騒がしさに耳を塞ぎ、顔を顰めている。彼は通信班長に目配せし、音量を下げるように促した。まだキンキンと耳に響きが残る状態で、シドはその声に応えた。
「……こちら第1艦橋。機関室、何があった?」
『き……機関がまるまる、消滅しています』
◇◆◇
機関部の天井には巨大な穴が開いており、本来核融合エンジンが搭載されていたはずの場所には、漆黒の球体が我が物顔で鎮座していた。その球体は、直径10メートル程の巨体でその空間を埋め尽くし、固定されているわけでもないのに船体に穴から飛び出ることなく居座っている。
『こちらです。機関部員が船外服を着用してこの場所に到達した時には、既に。加えて、明らかに巨大化し続けている』
大音量の通信を飛ばしてきた機関長が、シドへ資料を提示しながら説明し始めた。きぼうが活動を再開し、機関部員たちが観測を開始してから30分。映像から察せられるに、既に〝成長〟は頭打ちになっているが、きぼうを侵食するかのように、その大きさをわずかずつながら増している。
『排除は試みたのか?』
『当然。ただまぁ……この有様でして』
シドが次のデータを見てみると、最初に接触を試みた機関部員達の様子が動画に収められていた。いずれの乗組員も球体に近づいていくものの、ことごとく数メートル以内に侵入出来ていない。一定の位置から先に進もうとすると、皆一様に見えない障壁に弾かれるかのように勢いよく吹き飛ばされていった。幸いにして命に別状はないらしく、よろよろと立ち上がって彼らは撤退していく。
『彼らは今どうしている?』
『打ち身が激しい者は一旦下がってますが、基本的には他所の点検に回っています』
そう言って機関長が指差す方向を見ると、命綱で繋がれた乗り組み員が数名、大きく開いた穴から外へ出て作業をしていた。破れた装甲の断面からはケーブルやワイヤーが四方八方に乱れ伸びている。彼らは辺りに漂う、鋭く尖った船体の破片を避けながら、ありあわせの資材で応急処置を続けていた。
『それからもう一つ、悪い知らせがありまして……』
『……気乗りしないな』
思いがけず口から出てしまった本音にハッとして、シドは機関長の方を振り返る。お互いに目があって、なんとも言えない気まずい空気が流れたが、咳払いをしてシドから話の先を促した。
『ンン! ……悪い、続けてくれ』
『副長、こんな時こそ本音ぐらい隠しといて下さ――』
『悪かった! ……悪かったよ』
機関長の脱力した言葉を、シドはバツが悪そうに大きく声を上げてさえぎる。機関長はジト目をシドへ向け、開いた天井に向かって指をさしながら言った。
『どうも、周りの壁から順に取り込んでるみたいなんですよ』
『取り込む?』
指された方向には、天井に開いた穴とは別に、側部から砲弾が貫通した痕が見て取れた。会話に合わせて流れるように映像が差し出される。
『えぇ。あそこの穴は一度無理やり塞いだんですが、10分もしないうちにやられまして。今は補修した箇所からだけですが、そのうち船自体食い始めたらとんでもないことになるかと』
時間経過を辿って見ると、作業員が鋼材を使って一度は穴を塞いだものの、次第に溶け出して全て球体へと吸い込まれていた。まるで咀嚼するかのように震えてから、取り込んだ分だけその体を大きくする。その後も補修を施すたびに、球体は鋼材を取り込んで巨大化していった。
『……こいつ、資材を食ってるのか……?』
『さぁ、それはなんとも』
理解不能なその挙動にシドがそう呟くと、機関長も首をひねるしかなかった。
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