No.25 - 邂逅
マコトが目を覚ますと、辺り一面が真っ白な光に埋め尽くされていた。確かに発光しているように見えるが眩しさは無く、目を開いていても辛さは感じない。徐々に思考が回りだすと共に違和感は強烈になっていき、肉体は如実に拒否反応を示しだした。鳩尾が震えだし、全身の筋肉が微かに痙攣すると共に内蔵が体の内壁を削るように収縮する。息は自然と荒くなり、彼は膝をついて大きくえずいた。
「おっ……う……ん……」
いっそ吐き出してしまったほうが気が楽になるだろうと、口に無理矢理指を突っこんで喉の奥をえぐる。しかし、どれほど待っても口から出てくるのは透明な唾液だけだった。
『あぁ、ごめんなさい。貴方には少し毒が強すぎたわ』
余りの苦しさに視界がチカチカと明滅しだした時、響くような柔らかい声が届く。次の瞬間全ての異常が消え去り、代わりに脱力感が全身を襲った。力無く倒れ伏す彼のそばに、声の主が1歩、また1歩とゆっくりと近づく音が聞こえる。
『いつかまた貴方に会えると信じていて良かった』
近づいてくる声の主の顔を見る為に立ち上がろうとすると、強烈な立ち眩みがマコトを襲った。ふらついた彼の体を支えるように腕が伸ばされる。細く白い腕は見た目に反して力が強く、マコトの体をしっかりと受け止めた。
『あぁ、無理しないで』
少しずつ血圧が戻り、ちかちかと白飛びしていた視界が徐々に落ち着いてくると、ようやくその顔を見ることが出来た。そこにいたのは、普段通りの姿をしたキキョウだった。くたびれた部屋着に、丁寧にまとめられたシニヨンの銀髪をした、いつものと同じようにそこに立っている。しかし、マコトは彼女の立ち姿に違和感を覚えた。
「キキョウ、さん……?」
彼女は穏やかな表情で柔らかく微笑んでいた。呼ばれた名前にはなんの反応も見せずに、ただじっと彼に視線を注いでいる。そんなキキョウの表情に、これまで見てきた彼女とは違う人格の存在を感じて咄嗟に体を起こし、1、2歩後退った。しかし、足元にあるはずの床の感覚が突如消え失せてよろめく。彼女はそれを見越していたかのように、音も無くマコトの懐に入り込んだ。
「いや、違う……君は、誰なんだ……?」
『誰? ……そうね、私は誰でしょう?』
マコトの呟きに、彼女は目を細めていたずらっぽく笑う。彼女の声は、無限に続くような白の世界に幾度も木霊して妖しく響いた。
◇◆◇
『だから、人が残ってたんですって!』
マコトが光の世界に包み込まれているその時、ソフィアは艦橋との直通回線を使って必死に訴えていた。無人だと思われていた外部装甲の中に人が囚われていた事、目の前でマコトが光に吸い込まれた事、動揺と驚きでパニックになりながら、彼女は口を動かし続ける。シドはそんな彼女の様子に溜息を吐きながら眉間に手を当てた。
「船務長。現在こちらの映像では君の周辺は外部装甲も含めて誰一人として確認できない」
『でも私見たんですっ!』
「とにかく、残留者の存在はこちらからは確認できない。一般人の保護を終了次第、速やかに艦橋に戻りたまえ」
『ねぇ、待っ――』
彼はそう言い放ち、なおもすがるソフィアを無視して一方的に通信を打ち切る。途端に静かになった艦橋で、おもむろに老年の男が声を上げた。
「一度機関室へ行ってきます。どうせ今は身動きが取れないんだ」
彼はどうやら場の緊張を解す為に口を開いたようだったが、期待したほどの効果は無く、誰も後に続く者はいなかった。白髪の目立つその男も、周囲の異様な雰囲気に押されて歩く足を止める。その時、シドが艦長を真っ直ぐ見据えて手を上げた。
「艦長。意見具申してもよろしいですか」
◇◆◇
マコトが彼女から距離を取ろうとすると、彼女は音も無く静かに追随してきた。どれほど全力で走っても、彼女は全く呼吸を乱すことはない。やがて彼女は、正対して後ずさったマコトの背後に回り込み、いとも簡単に抱き止めた。彼はしばらくもがいてその拘束を解こうとしたが、すぐに無駄を悟って諦めて彼女に問い掛ける。
「君は一体誰なんだ」
背後からクスクスと笑う声が聞こえる。ややあって、彼女から曖昧な返事が返ってきた。
『ふふふ……〝誰〟かなんて、貴方ならすぐに思い出せるわ』
「思い出す?」
『そう。私が今思い出したように……あら?』
その時、白い世界の色が少しずつ変わりだした。
赤色。
橙色。
黄色。
緑色。
水色。
青色。
紫色。
グラデーションを持って空間が崩れだすのと同時に、マコトの体を再び違和感が襲う。吐き気を何とか抑え込む為に体を丸めると、彼女はそんなマコトの背中にぴったりと貼り付くようにして彼を覆った。やがて彼女は一瞬怯えるように体を震わせてマコトの背中から離れていく。
『今回はもう終わりみたいね』
『いつかまた、きっと会えるわ』
『 』
返事を待たずにポツポツと呟くように語って、彼女はマコトから離れていく。その言葉に反応を返すことも出来ず、彼は意識を手放した。
◇◆◇
「本艦はこれより、外部装甲強制パージ。再度目標物の奪取を試みる。総員、船内安全区画へと退避せよ」
艦長の放った命令に従って、きぼうの船内各部で慌ただしく準備が始まった。外部に突き出た兵装から次々に乗組員が退避し、船内に駆け込んでくる。各部の隔壁が閉鎖され、船内中央へ向けた通路は厳重に封鎖された。
シドは各所からの作業の進捗を聞きながら、ソフィアの様子を監視カメラで確認する。彼女がいる通路が保護された事を見届けてから、彼は次の指示を出した。
「外部装甲ロック解除」
「ロック解除完了」
船体との固定が外れた事で、きぼうの外部装甲が音を立てて外れていく。全てが停滞した空間の中、きぼうは自らに被せた重厚な防御壁を脱ぎ捨て始めた。鈍重に見えた装甲の隙間から傷一つない艦体が姿を見せる。
「準備が整いました。いつでもパージ可能です」
「……外部装甲パージ、始め」
「パージ!」
艦橋からの指示で、外部装甲の内側、本体との接続部の定置爆破が開始される。ドミノ倒しのように次々と赤い爆炎が並んでいき、遂に外部装甲は完全に艦体から外れた。その瞬間、彼らを包んでいた空間が歪みだす。
「艦長! 停止状態が解除されていきます!」
「最大戦速! 船足を止めるな!」
外部装甲を外し本来の姿を取り戻したきぼうは、流線型の美しい船体に、丁寧に施されたコーティングによって周囲の光を反射し煌めいている。ノズルから勢いよく白い炎を噴射して、きぼうは猛然と進み始めた。
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