No.24 - それは泣く

 救難信号の発信源は明確にこの船の中に存在している。マコトの視界に表示されたキキョウまでの距離はほんの数百メートル、戦闘が続くきぼうの外部装甲からだった。キキョウがまだ船に乗っている、という事実は彼を動揺させるには十分だった。

「対空砲座A5からA7、壊滅!」

「かとり、航行不能」

「レーダーに被弾、予備設備に切り替えます!」

 目の前では時計の針が進む度に戦況が悪化している。被弾の回数と規模は徐々に増えていき、足に伝わる衝撃が大きくなってきた。パニックを引き起こしそうになる頭をなんとか冷静に保たせて、彼は思考を巡らせる。数瞬後、導き出した結論を手に、くるりと艦橋に背を向けて彼はエレベータへ乗り込んだ。

「あ、ちょっと……」

 その様子に唯一ソフィアだけが気が付いて声を掛ける。閉じていくドアの隙間から合った視線に気付かないフリをして、彼はボタンを押して扉を閉めた。

 ソフィアは、マコトがいなくなり、そして今尚戦闘が続く艦橋で、船務長としてどうするべきか判断しかねていた。乗り合わせた民間人を戦闘に巻き込んだ上、勝手な行動を許すべきではない。しかし、今この場から離れる事は一責任者として避けるべきだ。相反する二つの思考に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

「船務長」

「っ! はい」

 その声は彼女の前、艦橋中央の艦長席から送られていた。

「外部主砲大破! シアンガス発生!」

「隔壁閉鎖急げ!」

 艦長は次々に指示を出しながら、力強く眼光を光らせてソフィアに告げた。

「彼を追いたまえ」

「しかし……」

「これは艦長命令だ。一般人を艦内で自由にさせるべきではない。ましてや今は戦闘中だ。保護したまえ」

「っ、はい!」

 その言葉を受けて彼女は冷静さを取り戻し、敬礼してからマコトの後を追った。それを確認してから、艦長は一つ深呼吸をしてから口を開く。

「通信長、艦内の監視カメラデータを船務長へ転送せよ」

「は、はい!」

「副長」

「はっ」

「彼を確保次第、突入を敢行する。全艦第四戦速まで上げ」

 ◇◆◇

「あそこかっ!」

 外の戦闘の激しさとは打って変わり、船内通路は静かで、時折訪ずれる被弾の揺れを除けば戦闘の気配すら感じさせなかった。無人の廊下を走り続け、マコトは荒く息をしながら救難信号の発信源に辿りつく。彼が立つ目の前、外部装甲との接続扉の向こう側に、キキョウがいるはずだった。しかし。

「開っ……かないっ!」

 扉は重く閉ざされ、どれほど力を掛けても、開錠操作を試しても全く開く気配すらみせない。

「くそっ!」

 悪態を吐いて扉を叩くと、突然スーツに備え着けられたインカムから雑音混じりの音声が鳴り出した。はっとして耳を傾け、ごくごく小さなその音を注意深く拾う。

『……える? ぇ、聞こえる?』

「もしもし!?」

 慌てて呼び掛けに応えると、キキョウの元気そうな声が耳元で鳴り響いた。扉に空いている窓から向こう側には、同じようにインカムを口元に向けている彼女の姿が見える。

『これどうなってるの? どこも開かないし、さっきから衝撃が――』

 彼女は不安そうな顔をしてまくし立てたが、途中から音が再び途絶え始めた。通信は相変わらず不安定なようで、ブツブツと途切れ途切れのままでまともに意思疎通が出来る状態ではない。

「くっそ、ごめん、なんとかこっちから開けられるように」

「スガワラさん! ……っは、やっと追い着いた……」

 キキョウに呼び掛け続けるマコトの後ろから、艦橋から追いかけてきたソフィアが声を掛けられた。肩で息をしながら膝に手をつき、額には汗が滲んでいる。

「スガワラさん、ここは危険ですから。とにかく艦橋へ」

「ここ、開けられませんか!」

「え?」

 艦橋へ戻るように促す彼女の肩を掴んで、彼はそう訴えた。その訴えにソフィアは、一体何を言われているのかが理解出来ていないようで、驚いて目を瞬かせる。少しして、ようやくマコトの言っている意味を理解したようで、驚き慌てだした。

「い、いやいや! 無理ですよ! だってこれから」

「だってもへったくれもないんですよ! 取り残されてる人を見捨てろって言うんですか!」

「取り残されるですって……?」

 マコトがそう言った瞬間、一際大きい衝撃が艦に走る。艦内の空気を伝って爆音が耳に突き刺さり、突風が吹いて壁に叩きつけられた。扉の向こう側でも、むしろ向こう側の方がその衝撃は大きいようで、インカムからは甲高い悲鳴が届いた。それまで無事だった艦内部にも歪みが出来、近くの壁には亀裂が走り出す。

『きゃああ!』

「うぐっ……」

 顔をしかめてうずくまるマコトに対して、ソフィアはよろよろとした足取りで近づいて立ち上らせようとする。

「とにかく、一度艦橋に戻ってください! このままだと」

「いやだ! キキョウさんを見捨てるなんて、僕には出来ない!」

 ソフィアの手を弾こうとしたその時、インカムからでも、廊下からでもない、どこかずっと遠い所から静かに響くような声が耳元で囁かれた。

『私は大丈夫。貴方はもっと安全な所に居て』

「っ! 誰だ!」

「……?」

 その言葉に返事はなかった。だが、言葉よりも雄弁な異常がマコトを襲う。

「え、ちょっと、なにこれ……!」

 マコトのポケットに入れてあったメモリが、突如として閃光を放ちはじめ、彼を包み込んでいった。

 ◇◆◇

「対象物、発光しています! 照度測定不能!」

 マコトが光に包まれた時、きぼうの艦橋には、目標としていた物体からの閃光が飛び込んできていた。敵、味方関係なくその光によって視界を奪われ、一時的だが戦闘が完全に停止する。目を灼くような強い光に手を翳して影を作りながら、艦長は指示を出した。

「対閃光防御展開、各艦レーダーを熱源探知に切り替え、急げ!」

 艦橋を覆う天球に黒い遮光膜が張られる事で、ようやくまともな視界に戻る。しかし、予想外の事態は再び起こった。

「確認可能空間に存在する全ての艦艇の速度が……いや、そんな」

 レーダーに映し出されていたのは、完全に停止している軍艦だった。相対速度もなく、空間に対してピン留めされたかのように、星連の艦隊も、きぼうも、いずもの周回軌道上に釘付けになっている。

「対象物から……これは、音? 正体不明の波動を確認」

 通信長は困惑しながらも、目の前の事象の観測と報告をし続ける。それを聞いた艦長は、迷わず次の指示を出した。

「総員、第一種戦闘配置のまま待機。通信長。そのデータを流せ」

「は、はいっ」

 艦橋に、計測された音が流れ始める。その物悲しい音色を聞いて、艦橋にいる乗組員は口を噤み水を打ったような静寂が訪れた。水滴が落ちるように、誰かがポツリと呟く。

「これは……泣いている……?」

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