No.23 - 激戦
轟音と共に各艦の砲口から一斉に火花が散った。きぼうのレールガンの放った砲弾はわずかに纏った稲妻と共に空を切り裂き、星連の艦隊に吸い込まれるように命中する。当初狙いを定めていた星連の旗艦は、庇うように前に出てきた重巡洋艦によって守られた。旗艦の代わりに砲撃を受け止め、金属が破裂する低い音を立てて砲弾が突き刺さる。最後の一発はその重巡洋艦の機関部に命中したようで、破砕された装甲の奥から火を噴き、あっという間に
「命中5、有効2。敵巡洋艦、大破!」
炎に巻かれて戦列を離れ、墜落ともとれる速度で降下していく。しかし追撃は止まない。星連の後続艦がカバーに入る前に、きぼうは次々に砲弾の雨を降らせていった。星連艦隊も負けじと反撃するが、分厚い外部装甲の前に砲火力はほとんど無意味と言ってよく、弾き返されるか、命中したところで有効打にはなりえない。しかし、外部装甲を取り外してしまったきぼう
「たかせ、戦列を離れる」
「ふるたか、応答なし!」
爆炎と共に墜落していく後続艦の最後の炎がガラスの向こう側にちらつく。モニター上に示された味方残存艦艇の数が減っていくにつれて、艦橋に居るクルーの表情は苦しいものになっていった。同航戦を繰り広げながら、撃っては撃たれ、沈めては沈められを繰り返し、互いにその数がどんどん減っていく。
「そんな……」
炎上する艦の姿を見たマコトの呟きも虚しく、既に3隻の味方艦艇が戦列を離れていた。艦の数が減っていくの と同時に、砲撃はどんどんきぼうへと集中し始める。
「船足を止めるな! 全艦、第3戦速で敵進路上へ進入せよ!」
しかし艦隊はむしろ駆り立てられたように勢いを増して突き進んでいく。スラスターの噴射は一層強くなり、砲撃を継続したまま星連艦隊との距離はどんどん縮んでいった。艦橋で一人、状況を飲み込めず黙っているしか無かったマコトは、その行動に狂気を感じ取り、鳥肌を立て身震いする。
「星連艦隊の進路上まで残り7000km、第2宇宙速度まで加速!」
ソフィアの報告に我に返って高度計を確認すると、既に対流圏は遥か下に過ぎており、どちらの艦隊も成層圏に突入していた。気づけば天球の外は空ではなく宇宙を映しており、わずかな青さを残してはいるものの、先を見通すことが出来ない暗闇が広がっている。宇宙船の外はもう、生身の人間が生きて行ける世界ではなかった。
「外部装甲、ロック外せ」
艦長がそう命令を出すと、大きく重く硬い音が艦橋にも伝わってくる。注意深く窓から外を覗くと、それまでピッタリ張り着いていたはずの装甲には若干の隙間が生まれていた。
◇◆◇
「も~、なんで開かないのよ……」
頑として閉ざされた扉の前で、キキョウは途方に暮れていた。
戦闘が始まる少し前、外部装甲に取り残された彼女は内側へ入る為の扉を片っ端から手当たり次第に開こうとしては失敗を繰り返していた。どの扉も厳重なロックが施されていて、中に入る事が出来ない。同じように彷徨う人を見つけようと歩きまわっても、誰一人として見つからなかった。
船内をぐるっと一周して彼女が頭を抱えていると、急激な上昇感に襲われる。体中に重く伸し掛かる重力に彼女は思わず膝をつき、その苦痛に耐えた。徐々に体も慣れてきて、ようやく立ち上がれるようになった時、突然パワードスーツの背部が動き出して彼女の頭部を覆っていく。
「え、ちょっと! 何コレ!?」
『外気圧異常が検知されました。生命維持モードへ移行します。ヘルメット密閉中……』
音声と共に外部の音が遮断され、突然の静寂が耳を襲う。ヘルメットの内側に表示された数値をよく確認すると、既に高度は30kmを超えており、スーツ外の気圧もどんどん下がっていた事を彼女は初めて自覚した。
「ちょっち不味いわね……」
彼女の頬が焦りと動揺によってピクリと震えた瞬間、ヘルメットによって音を遮断しているにも関わらず耳を劈くような爆音が鳴り響く。スーツはキキョウの意識が朦朧としだした事を検知して、彼女の生命維持を継続しつつ救難信号を発し始めた。
『意識レベルの低下を検知しました。SOSを発信します……』
◇◆◇
徐々に距離が詰まる中、新たな一手が放たれる。
「作戦第3段階発動! 各艦、攻撃機発艦始め!」
艦長の指示で次々に艦載機が発進し、3機編隊を組んで星連艦隊へと突進していった。護衛艦を目掛けて殺到し 、手持ちの兵装を全て吐き切る勢いで火力を押し付け、輸送艦から引き剥がしていく。同時に、航空機を発艦させた重巡洋艦は戦列を離れ、星連艦隊の下方へと回り込んでいった。
「かが、もがみ、ふそう、別働開始しました。陽動の駆逐戦隊、別働隊に合流します」
先制攻撃を行なった6隻の駆逐艦は2隻にまでその数を減らしていたが、戦力差を物ともせずに押し返し、戦列に復帰して航空機の援護に回っている。決して少くない被害を出しながらも、星連艦隊を完全に挟み撃ちにする形を作り上げつつあった。しかし。
「かが、爆沈!」
「何っ?」
敵の残存艦艇は既に30隻にまで減っており、大型艦艇の数も事前の調査によって把握できていたはずだった。まがりなりにも、かがは重巡洋艦であり、更にはまだ外部装甲も剥されてはいない。一撃で沈むとは到底想像できず、かが消失の報告はまるでありえない出来事だった。
「レーダーに感あり、敵基地より援軍の来襲を確認」
この期に及んでシドは至って冷静に状況を報告する。
「……どうやら、我々の索敵を潜り抜けて、予想以上の数があの基地に集結していたようです」
その言葉には後悔と自責の念が浮かぶ。一瞬、艦橋には悲痛な空気が漂いだしたが、艦長の切り替えは実に素早かった。
「転舵反転! 現時刻をもってプランBへ移行。以後、目標を敵輸送物の破壊とする」
もはや輸送物の奪取は叶わないと見込んで、彼は目標を破壊へと変えて指示を出す。
戦況があまりにもめまぐるしく転換していく様子に圧倒されて、マコトは部外者ながらその行く末を見届けなければならない、という不思議な使命感を覚えていた。砲撃によって揺れる艦橋で姿勢を保つために必死になりながら、各種モニターの様子に目を血走らせて観察する。そして、一際大きい衝撃を受けた瞬間、彼が着ているスーツからアラートが小さく鳴り出した。
『登録名キキョウが救助を求めています』
そのメッセージは、熱を持ち始めていた彼の思考を一瞬にして現実に引き戻した。
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