No.22 - 前哨戦
「警告、警告、シェルターへ避難してください」
手塩にかけた自慢の道具を準備し終わったところだった彼は、唐突な通知に立ち止まった。物々しい警告音と共に表示された通知を見て、彼は驚きながらも全く別の点に関心が向いてしまう。
「へ? 仕事は?」
間が抜けた声で聞き返すと、メッセージは更に続いた。
「あなたに割り当てられたタスクは現時点を持って終了いたしました。速やかに退避を願います」
そういって再度警告文を彼に示してくる。上から読んでも下から読んでも、仕事が打ち切られた事が書いてあるばかりで詳細については一切触れられていなかった。
「あの~、それってどういう?」
疑問と好奇心のに、ミソギはポップアップウィンドウをポチポチと弄くっていると、突然彼の頭上で轟音を響かせながらエンジンのノズルが閃光を放ち始める。その光景を見て、彼はポカンと口を開けた。
「あ〜、そういう……」
そう呟いてからすぐに彼はトラックまで戻り、大量に積んである中から必要最低限の物を手早く掻き集めて、指定されたシェルターへと走った。そうしている間にも頭上の光は凄まじい強さで辺りを照らし続けている。やっとの思いでミソギがシェルターへ駆け込むと、同じように避難してきた人がそこかしこに座っていたが、その中にマコトやキキョウの顔はなかった。
「っ! いない……?!」
当然シェルターに避難していると思っていた彼らの姿が見当らない事に、彼の中の焦りがどんどん大きくなっていく。シェルターの外へ戻ろうとしたが、既に入口は固く閉ざされており、外に出る手段は無くなっていた。連絡を取ろうにも、電波異常でおよそまともに安否確認が出来る状態ではない。
その時、焦りと不安が募る彼の頭上から重たい物の落ちて来る音が続けざまに何度も響いた。
「何だ、一体……?」
振動と共に、天井からはミシミシという音と共に土埃まで降ってくる。彼には、仲間の安全を祈ることしか出来なかった。
◇◆◇
「全艦レーダー管制解除。艦種識別」
「戦艦1、重巡洋艦6、軽巡洋艦19、駆逐艦25、輸送艦5」
何も知らないマコトを置いて、艦橋から見える景色はどんどんと変わっていく。船が上昇するにつれて、それまで見えていた大地は既に見えなくなっていた。更に目の前の空、雲の向こうには数十隻からなる艦隊が悠然と対流圏の遥か上を飛んでいる。
「……あれって、星連の艦隊……?」
マコトの乗る戦艦を先頭に据えたこちらの艦隊は、星連側を後方から追撃する形になっていた。艦橋を覆う天球型の窓に映し出された高度計の表示では、既に双方共に9000mを越えている。わずかに見える地上から高射砲の閃光が瞬いていたが、それらも最早届くことはなかった。
「目標、対流圏を通過。成層圏に突入、更に上昇していきます」
「作戦第一段階を開始、第1、第2駆逐戦隊、陽動始め!」
号令と共に低いビープ音が鳴り出し、単縦陣を組んでいた艦隊はその配置を転換する。後方に展開していた6隻の駆逐艦は、外部装甲をパージして身軽になったその体からスラスターを噴射させて勢いよく飛び出していった。
『駆逐艦〝しらせ〟より戦艦〝きぼう〟これより陽動を開始する』
「〝きぼう〟より〝しらせ〟了解、幸運を祈る」
流線型のスラリとした船体で空気を切り裂くように6隻は星連艦隊に飛び掛かっていった。
◇◆◇
「レーダーに感あり! 駆逐艦6、後方より急速接近中! ロックオンされました!」
「何?」
輸送任務も後少しで終了すると、ほっと一息ついていた艦橋に鋭く焦りの籠った声が通る。レーダーには確かに6隻の小さな艦影が映っていた。その場の空気が張り詰め、司令官を含めた全員が迅速に持ち場へついていく。
「ジャミング発動! 第二種戦闘配置にて総員待機!」
司令官、ティルピッツの命令によって、旗艦を含めた全艦の兵装が即応可能な状態になる。各砲のセーフティロックが解除され、全ての魚雷発射管が露出した。同時に、旗艦から発せられるジャミングが艦隊を覆い隠したが、既に先手となる攻撃は撃ち込まれていた。
「接近中の物体あり! 魚雷12、来ます!」
「っ! 対空戦闘用意! 各艦指示を待たず撃墜せよ!」
対策を追い越すように展開される電撃戦に、星連艦隊の対応は後手後手に回り続ける。自由砲撃を許可したが、撃ち漏らした数本の魚雷が護衛艦に命中、爆沈した。
「護衛艦106、爆沈!」
「くっ……」
ティルピッツが悔やむ間にも、駆逐艦隊は猛然とこちらへ向かってきている。彼はすぐに意識を戦闘指揮へと戻す。
「第3護衛駆逐戦隊を配置転換、現時刻を以て遊撃戦隊へと合流の上、敵駆逐艦隊へ対処せよ」
『了解』
命令の後、それまで艦隊の端で護衛に当たっていた3隻の駆逐艦が進路を変えた。前方で警戒に当たっていた6隻編成の遊撃隊と合流を果たし、襲い来る敵に向かって突き進んでいく。それを見て、艦橋に立つ将校たちは、警戒はしつつもどこかほっと安堵の表情を浮かべたが、ティルピッツだけは険しい表情を崩さない。
「ひとまずはこれで……」
「いや」
言葉を遮られた将校は驚いてティルピッツを振り返る。普段の、どこか優しげな雰囲気とは打って変わって、歴戦の古武士のような鋭い眼光を放つティルピッツに見据えられて、彼は自らの考えを改めた。
「まだこれは前哨戦に過ぎないだろう。敵の本隊の奇襲に備えよ」
「はっ」
その時、艦橋の窓の向こう側で凄まじい閃光が飛び込んできた。瞬時に遮光モードに切り替わったものの、もはや光学装置による索敵は意味を為さなかった。加えて、自軍が展開するジャミングによってレーダーもまともに機能しない。味方への通信、索敵といった手足を瞬時に塞がれてしまった状態に、ティルピッツは歯噛みした。
「くそっ……閃光弾か……!」
◇◆◇
「広域ジャミングを検知」
「成層圏へ急速上昇する。総員」
きぼう、と呼ばれた戦艦の艦橋でも、状況が目まぐるしく変わっていた。ジャミングの影響は激しく、先遣隊として放った駆逐戦隊からの状況報告は一時的とはいえ完全に途絶えていた。今なお上昇を続ける星連艦隊へ追いつくべく、きぼうを含めたすべての艦艇が星連艦隊の高度に合わせてぐんぐん上昇していく。その途中、眩い閃光が辺りを満たした。
「?! まぶっ……?!」
「どうやら、先遣隊はうまく陽動してくれたようです。少なくない数の艦艇が戦列を離れています」
マコトはその眩しさに驚いたが、艦橋の乗組員たちにとってみれば予定事項の一つであるようで、顔色一つ変えずに戦況の報告を伝えている。確かに遊撃隊を含めた護衛艦隊の姿は先ほどよりも少なくなっているが、それでもまだ彼我の戦力差は大きいようにマコトは感じた。そんな心配など構うことなく、星連艦隊の全艦が、先頭に立つきぼうの射程圏内に収まる。
「作戦第三段階開始。右舷砲雷撃戦、用意!」
外部装甲から突き出るようにして現れた主砲は星連艦隊旗艦へと向けられ、後続の各艦もそれに倣って測的に入った。
「各砲発射準備よし! 魚雷発射準備よし! 対空戦闘準備よし!」
「測的よし、自動追尾補正、上角0.5度!」
すべての準備が整った瞬間、きぼうの艦長席に座る男の号令によって砲撃戦の開始が告げられた。
「主砲、撃ち方始め!」
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