No.21 - いずもの空へ

 艦長席に座る男の顔を見てから、マコトの心臓はバクバクと鳴り続けている。他人の空似にしてはあまりにも似すぎているその男を見て、果たして本当にあの男か、マコトの脳内は疑心と驚きでぐるぐると渦巻いていた。彼の動揺をその場にいた誰も気づかないまま、座席から立ち上がったソフィアがマコトに話しかける。

「ご苦労様でした。残りの13隻についてはそれぞれの船の担当者がすでに待機していますので、またそちらで指示を仰いでください」

「……あ、え、あぁ、わか、りました」

 目の前でそう言われ、ようやく硬直が解けて、マコトは少しひきつった愛想笑いと共に返す。挙動不審なマコトの様子を、ソフィアは怪訝な顔で見つめた。

「あの……?」

 その時、物々しい警報音が艦橋、そして船全体に伝播していく。同時に照明が警告を示すオレンジ色の光へと変わり、途端に船内は薄暗くなった。

『ワープゲートが起動されました。作戦の実行を推奨します――』

「ワープゲート……?」

 状況を飲み込めていないマコトの目の前で、慌ただしく艦橋の様子が変わっていく。いつの間にかソフィアも自分の座席に戻っており、場の空気は打って変わってピンと張り詰めていた。


◇◆◇


「ぜーんぜん来ないわねぇ」

 船の外、タラップの足元に停めてあるトラックの運転席で寛ぎながら、キキョウは目の前の巨大な船を見上げた。マコトと別行動を取り始めてから30分ほど経っている。艦橋へ軽く挨拶、というには時間が掛かりすぎているようにキキョウには感じられた。

 しばらくの間ダッシュボードに足を投げ出してぼんやりとしていたが、そうして待っているのが退屈に感じられて、彼女は体を起こしトラックから降りる。

「暇だし、迎えに行こうかしら?」

 軽快な足取りで歩き出した後、彼女はまだパワードスーツを脱いでいないことを思い出した。最初に脱ぐのを面倒くさがったことを後悔しながらも、彼女は結局そのまま船の方へと歩く。少しきつめの傾斜で降ろされたタラップを、スーツの力を借りながら彼女は軽快に登り切った。

「背は高くなったけど、周りも船だらけだし。あんまり景色はきれいじゃないわね」

 出入り口から振り返って周りの様子を見渡しても、同じように巨大な船の陰に隠されてこのあたりの景色はほとんど何も見えない。船の上からわずかに見える山をちらりと眺めて、ふと空を見上げてみると、見慣れない黒々とした何かがあることに彼女は気が付いた。

「……なに、あれ?」

 その瞬間、周りに停泊している船が一斉に唸り始める。各船から降ろされたタラップがカタカタと音を立てて収納され、同時に彼女が立っていた出入口のシャッターがガラガラと音を立てて降りてきた。

「え、ちょっ」

 外に出ればはるか下の地面に叩きつけられると判断して、慌てて彼女は船内へと入った。

 船の中はオレンジ色の警告灯が点いていて先ほどよりも薄暗くなっている。エンジンが活発に動いているようで、壁からはその甲高い回転音が小さく鳴り始めていた。

「……動き始めてる……?」


◇◆◇


 艦橋の天井に設置されたモニターには、いずも上空、宇宙港のそばに設置され、軌道上を周回しているワープゲートが大きな口を広げている姿が映し出されている。

「起動している……? いや、あれを動かすのは相当な……」

「申し訳ないが部外者は退出していただきたい」

「え……?」

 声の方向を振り返ると、三白眼の鋭い男がこちらをまっすぐに見ていた。彼が目配せをすると、左右の壁がスライドし、中から骨組みがむき出しになったアンドロイドが現れてマコトを押し出そうとする。再三の動揺でされるがままになっていたが、エレベータが近づくにつれて焦りが生まれ、マコトは思わず叫んだ。

「待ってくれ! あなたに会ったら渡すように頼まれてるんだ」

 艦長席に座る男に向かって必死に手を伸ばし、目をまっすぐと見つめ、ポケットの中からあの日受け取ったスティックを取り出して掲げて見せる。ソフィアを含め、艦橋の乗組員はそれを不思議そうな目で見守るだけだったが、マコトの目前の艦長と、彼の排除を命じた男・シドだけはそれに驚愕の表情を見せた。

「戻れ」

 シドの命令でアンドロイドたちは拘束を解き、元の場所へと戻っていく。突然支えを失って、マコトはそのまま床へとつんのめり、勢いよく額をぶつけた。

「いった……」

「名前は」

「え?」

 頭をさするマコトに、艦長が名前を訊く。何を言われたのかまったくわからず、彼は気の抜けた声で聞き返した。

「君の名前を訊いているんだ」

「……ス、スガワラ・マコトと言います」

「ではスガワラくん、君を現時刻をもって戦闘終了まで本艦の乗組員とする」

 名前を告げたマコトに対して艦長は一方的にそう告げると、不安げな顔をする乗組員とマコトの前で、艦長は放送をかけ始める。

『全艦に通達。総員、第一種戦闘配置へ移行せよ』

 直後警報音が止まり、船の出発を告げる高く長い警笛が周囲一帯に鳴り響いた。その場にいた全員の表情も一変し、真剣な眼差しでそれぞれの持ち場で手を動かし始める。

「核融合エンジン回転数良好、補助エンジン点火10秒前」

「各兵装、エンジンからエネルギー伝導終わる、各兵装発射準備よし」

『各艦、偽装解除』

 慌ただしく飛び交う号令と連絡の数々に圧倒されて、マコトはその場に立ち尽くすしかない。放送と共に艦橋に設置された窓が徐々に開いていき、最初とは比べ物にならないほど開放的な視界が確保された。同時に、各レーダーの情報が天球上に用意された窓へ映し出されていく。窓の外を見ると、ずらりと並ぶすべての船が同じように外部装甲を剥がしてその姿を変えつつあった。

『これより本艦隊は、い号作戦を発動する』

「い号作戦……?」

『抜錨、全艦急速発進!』

 エンジンが鳴らす甲高い音が響き、船はその重たい体を浮かせ、いずもの空へと飛びあがった。

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