No.20 - 違和感

 装甲の内側は暗く、熱が籠もって空気が揺らいでいるように見える。パワードスーツによって体は守られているが、それでもマコトの額には汗が滲んでいた。キキョウと並んで、足場からロープで体を釣って宙に浮いた状態で、二人は作業に励んでいる。

「ずいぶん暑いわね……」

「こういところはっ、ふぅ……日常的に人が、入ることを想定していないからね……」

 隣で機材を持って待機するキキョウの言葉に、内側にできた亀裂を溶接して埋めながらマコトは答える。眼の前で飛び散る火花による熱気もさることながら、機関からの放熱を受け止めている装甲の内側は余計に蒸し暑かった。マコトのスーツの腕に備え付けられた液晶には47度と示されている。生身では到底平気ではいられないことは明白だった。

「それにしても、結構雑な作りなんだなぁ、この船。だいぶバリが残ってる」

「バリ?」

 マコトの独り言に聞き慣れない単語を見つけて、キキョウは反復して聞き返す。次の補修箇所に移動するために、体を釣っているロープを巻取り足場まで戻りながら、マコトは内壁を指差した。装甲に使われている鋼板同士の継ぎ目には、溶接のあとに残された出っ張りが至るところに見られる。

「ああいうのをバリって言うんだ。普通の宇宙船ならもう少しまともな処理を施すもんなんだけどなぁ」

「なるほどね」

 聞き返した割には興味なさ気に適当な返事をされたマコトは少しだけむっとしたが、気を取り直して言葉を続ける。

「まるであとから無理やりつけたみたいだ」

 そうやって話しているうちにロープを釣っている元の足場へと帰り着いた。簡素な骨組みに鋼板が乗せられただけの足場の上で、次の作業を二人で確認する。残りはバラストタンクの液体酸素の補充と機関部の部品交換のみだった。

「それじゃあ、ここからの作業は一人だけでもできそうだし、別行動にしよう。君は機関部の方を頼むよ」

「りょーかい。あーもう、ほんっと暑いわねぇ……はやく帰ってシャワー浴びたい……」

「まぁそう言わずに。そういうと思って、船内の仕事は譲ったんだしさ。ちゃんと空調効いてるはずだから、残りの作業は快適にできると思うし」

 暑さにぐったりした状態のキキョウをなだめながら、足場の上を歩いて入口へ戻る。カツカツと金属音を鳴らしながら歩いていくと、出入り口からは船内の空気が入り込み、外気が徐々に下がっていった。気温表示は30度まで落ちている。心なしかスーツの中の空気も清浄化されているように感じられた。


◇◆◇


 船内に戻ってスーツのヘルメットを外すと、涼しい空気が首元を通じていき、体全体をあっという間に冷ましていく。滲んだ汗も即座に気化していき、むしろ寒いくらいまで体感温度が下がっていった。急激な温度変化に、二人は揃って体を震わせた。

「さっむ、風邪引いちゃいそう……」

 マコトは出入り口に置いておいたかばんからタオルを取り出し、首元の汗を拭う。同じようにキキョウもタオルを取り出したが、少し考えてからそれを首にかけ、自分の荷物を持ってさっさと歩き出した。

「さっさと終わらせてくるわね、先行ってる」

「え、あぁうん。終わったらこっちに連絡くれると助かるよ」

「りょーかい、さっさと終わらせて帰るわよ!」

 不機嫌さを隠そうともせず、肩で風を切るようにしてキキョウは走り出す。角を曲がるところで船員とぶつかりそうになったが、謝りもせずにそのまま機関部の方へ続く道を突き進んでいった。

「まったく……」

 呆れながらもキキョウの代わりに船員に謝り、マコトは自分の作業場所へと歩き出した。


◇◆◇


 通常の宇宙船のバラストタンクは、宇宙空間にさらされる装甲に近い位置に存在する。惑星重力圏でのバランス調整や、緊急時用の酸素を含んでいるこの装置は、本来なら外部装甲に近い位置に格納されているはずのものだったが、今マコトが手を付けているタンクは内部装甲の内側にへばりついていた。

「ほんとに一体、どういう作りになってるんだこの船は……」

 点検と液体酸素の補充のため、マコトは内部装甲に仕込まれた作業用通路に入り込んでいた。外部装甲の乱雑さと違って、整備されることを前提とした通路が存在しており、彼はその落差に困惑を隠し切れなかった。明らかに後付けされた外部装甲の意図も、船全体の設計にも疑問符が付きまとう。客員を乗せない輸送船だとは言え、この船はマコトの常識からかけ離れた作りをしていた。

 マコトは目の前の仕事に集中できず、考えを巡らせながら辺りを見回していると、装甲の内側に突き出た柱があることに気が付く。やや斜めった角度の装甲の内壁に対して垂直に突き立っているそれは計画的に取り付けられたもののようで、内壁には点検用のタッチパネルが設置されていた。気になってその画面を覗き込むと、外部装甲を船体に固定するために設置されたものであるらしい。

「へぇ、なんだ。着脱可能になってるのか」

 興味のままにモニターの表示を切り替えていくと、どうやらこの柱は、内部装甲との接続を切られた状態であるようだった。柱が伸びた先はどこにもつながっておらず、本来なら先端が埋まっているはずのくぼみには隙間が存在する。そもそも、そのモニターに触れて中身を閲覧する権限があることにも、マコトは不思議がった。

「誰かが忘れてったのかなぁ、いいのか? これ」

「何を忘れたって?」

「うわっ!」

 突然後ろから声を掛けられ、彼は跳びあがって驚いた。振り返って二、三歩後ずさってみると、キキョウが心外そうな顔をして立っている。

「なによ、そんなに驚くことないじゃない」

「いや、もうちょっとほら……いきなり声を掛けないでよ」

 弁明するマコトに対し、キキョウはため息をついて額に手を当てた。

「大体ねぇ、むしろ他人の船に乗り込んでるんだから突然声を掛けられることぐらい想像しときなさいよ」

「いや……」

 そのぐうの音も出ない追撃にマコトはひるみ、何も言い返すことができない。するとキキョウはそんな彼に一枚の書類を送信してきた。

「ほら、こっちの作業はもう終わったわよ。あとはそっちだけど。どうなの?」

「え? あ、あぁ……はぁ、もうすぐこっちも終わるよ」

 キキョウにそういわれて、バラストタンクのメーターを確認すると、すでに液体酸素が満タンになっている。一つ深呼吸をはさんで目の前の作業に集中し、彼は手早く後処理を済ませた。

「うん、これでもこっちも終わった。これでこの船の作業は大体終了かな」

 そういって振り返ると、彼女は自分のスマホを確認している。横目に画面を覗くと、作業リストを確認しているようだった。

「あぁ、お疲れ様。それで、次は?」

「僕は一回艦橋に行くよ。責任者に一応挨拶してくる。君は……そうだな、外で待ってていいよ」

「りょーかい。あー、やっとシャワーが浴びれる……」

 彼等は持ってきた機材を抱えて、作業用通路を後にする。足音は密閉された壁に吸収されて、今度はまったく響かなかった。船内の通路に出ると、キキョウの分の作業機材がたっぷり積まれたカートが用意されていた。

「それじゃ、アンタのもここに載せて。先にトラックに戻っておくから」

「お願いするよ。それじゃ、ちょっと行ってくる」

 キキョウはカートの運転席に立って元来た道を戻っていく。まっすぐ進んでいく彼女の姿を見送ってから、マコトは艦橋へ続くエレベータへと乗り込んだ。

「あ、スーツも脱いで渡しとくんだったかなぁ」

 エレベータに乗ってから、マコトはまだパワードスーツを身にまとっていたことに気が付いた。意識してしまうと、スーツに押し付けられて蒸れた汗が気持ち悪く感じられる。そんな後悔と共に、彼とエレベータは昇って行った。

 エレベータが艦橋へ近づくと加速感が薄れていき静かに停止する。軽快な音とともに開いた先の空間へ向かって、マコトは迷わず歩を進めた。

「失礼します、スズコウの者です、作業がしゅうりょうしまし、たの、で……」

 艦橋には先ほど同様に、それぞれの座席に部門の責任者が並んでいる。サインをしたソフィアも、今は座席に座っていた。唯一違うところは、空白だったはずの艦長席に一人の男がいたことだった。

「あぁ、ご苦労。助かったよ」

 厳かな声でそういったその男は、ヴィで情報屋から見せられた写真の男だった。

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