No.19 - 内と外と

 遠くから響く轟音にキキョウが顔を上げてみると、並んだ船の隙間から見える空に数隻の軍艦が飛んでいた。船体に遮られて薄暗い地面から見上げるそれはずいぶん小さく、すぐに雲に隠れて見えなくなる。雲も軍艦も見えなくなった後の、青く澄んだ空をぼんやりと見つめてから、彼女は振り返ってトラックの荷台を覗いた。

 荷台の中は暗く空っぽになっている。既にほとんどの資材を運び出しており、部門別に小さなコンテナにまとめなおしてあった。後はせいぜい、彼女自身が身につけているスーツと同じものが一台、マコト用に残っているばかりで他は何もない。

 一段落区切りがついたと、キキョウはパワードスーツを脱いだ。ストレッチをしながら体の筋肉をほぐしていると、背後から一台のトラックが近づいてくる。運転席からはミソギがキキョウに向かって手を振っていた。キキョウがそれに何とも言えない気まずさを感じてすっと目をそらす。ミソギはそんな彼女の行動に苦笑いしてトラックを寄せてきた。

「ちょっとぉ、さすがにひどくない?」

 運転席から降りてきたミソギは大げさにそういって見せたが、キキョウはそれにも淡々と返す。

「すみません。人と話すの、苦手なので」

「そっかぁ、まぁ、ね。人それぞれだからね……あれ、マコトは?」

 そんなキキョウの様子に諦めて辺りを見渡し、ミソギはマコトが見当たらないことに気が付いた。キキョウは自分のバッグから昼食用のサンドイッチを取り出しながら、真上の船を指さして言う。

「今はクライアントに話を聞きに行ってます。そろそろ戻ってくるんじゃないかと」

「ふ~ん」

 ミソギの返事を聞く間もなく、キキョウはサンドイッチを頬張りだした。包み紙の中を見てみると、ハムとチーズ、レタスが挟まった白い三角形が見える。そういえば昼食を食べていなかったとその時になって彼は思い出し、同時に空腹に襲われぐぅと腹が鳴った。

「あ、あはは、いやぁ、それおいしそうだね」

 恥ずかしさを紛らわせるように乾いた笑いと共にそういうと、キキョウは無言でバッグの中に手を突っ込んで、サンドイッチの包みをずいっと彼に差し出す。一瞬その行動にミソギは戸惑ったが、半ば押し付けるように渡されたサンドイッチに彼女なりの気遣いを感じて、ありがたくそれを受け取った。

「ありがとう、いただくよ」

「別に。作ったのは私じゃなくてマコトだし」

 その言葉と、淡々とした様子で答えたキキョウの横顔を見て、ミソギは頭を回転させる。顎に手を当て少し考えてから、ニヤリと笑って彼はキキョウに問いかけた。

「ねぇ、もしかしてマコトと出来ちゃってんの?」

「はいぃ!?」


◇◆◇


「以上が依頼したい整備箇所になります。何か質問はございますか?」

 担当者に先導されて、マコトは再びタラップに戻ってきた。装甲内部の破損、バラストタンクの補修など、整備箇所は多岐にわたっている。

「いえ、特にはありません。こちらでメモもとってありますから」

 マコトがそういうと、担当の女性はにこやかに笑って会釈をしてみせた。それに合わせて、彼も同じように会釈して返す。

「ならよかったです。それでは、作業をよろしくお願いします」

「あぁ、はい。そしたらまた準備してきますね」

 女性は期待のこもったまなざしで少しの間じっとマコトの顔を見つめた。その無言の間に戸惑いたじろぐマコトに彼女はくすっと笑う。

「ごめんなさい、この星ではこうやって頭を下げるのが伝統のマナーだと聞いたので、やってみました。違和感がありましたか?」

 その言葉に妙な納得感を覚えて、マコトはポンと手を打った。

「あ、あぁ! そういうこと……いや、僕の方こそ何か変なこと言ったかと思いました」

 ほっと空気が緩んで、二人で小さく笑った。笑って乱れた呼吸を軽く息を吸って整えて、女性は改めてマコトに確認を取る。

「それじゃあ、これで本当に大丈夫そうですかね?」

「はい、だいじょ……あ、ごめんなさい一つ忘れてました」

 マコトは、責任者のサインをもらっていないことを思い出した。契約書の最後の項目が空白のままであることを伝えると、女性は少し考えてから、船の方を指さして言った。

「わかりました、お手数ですがもう一度こちらへお願いします」


◇◆◇


 艦橋へ続くエレベータに乗り込むと、軽やかな上昇感が体を包む。マコトが想像したよりもスピードが速く、金属の床の上で彼は少しだけよろめいた。扉の上に取り付けられたインジケーターが示す階数がどんどんと上がっていき、ついに艦橋へとエレベータは到達した。

「失礼します」

 女性がきびきびとした動きで歩き出した後ろを、彼はおどおどしながらついていく。艦橋の中央に備え付けられた艦長席は空席だったが、それ以外の座席にはほとんど埋まっており、それぞれが黙々と各自の仕事を遂行していた。

「艦長はどちらにおられますか?」

 艦長席から見て左側、ちょうどエレベータから出た目の前に、一人の男が座っている。女性がその男――シドに声を掛けると、三白眼でじっと二人の顔を交互に見た。 シドはマコトの顔を見た時、はっと一瞬息を飲み目を見開いたが、少し目を泳がせて、すぐに平静を取り戻して質問に答える。

「ついさっき、艦長室に戻られたよ」

「なるほど……いつ頃お戻りになりますか?」

「しばらく仮眠をとると言っていたから……30分は戻ってこないだろうな」

 女性は少し考えるそぶりを見せてから、シドに確認を取るように話しかける。

「でしたら、彼らをこれ以上待たせるのも忍びないですし、ここは船務長権限でサインしてしまってもよろしいですか?」

「……そうだな、いいだろう。あとはよろしく頼む」

 シドとの話を終えた女性がマコトに向き直ると、彼は艦橋を夢中になって眺めていた。彼の目線は、一般の輸送船の枠を超えて設置された計器や操作機器の詰まる艦橋に注がれている。とりわけ艦橋の中央に設置された座席に興味津々のようだった。放っておくとふらふら歩きだしてしまいそうなマコトを見て、女性は咳ばらいをして彼を現実へ引き戻す。

「んんっ! あの、スガワラさん?」

「……あ、あぁ、ごめんなさい」

 はっと意識が現実に戻り、マコトは反射的に謝った。目をぱちぱちと瞬かせ目の前に焦点を急いで戻す。その様子を見た女性がくすりと笑ったのを見て、マコトは恥ずかしさに顔を赤らめた。

「艦長からのサインは現在お出しできないので、よろしければ代わりに、船務長の私からサインしてもよろしいですか?」

「え、あぁはい、責任者の方のサインであればどなたでも結構ですので……」

 マコトの返事を聞いて、さっと彼女がサインを入れた書類を彼に送ってくる。慌てて書類の末尾を確認すると、責任者欄に彼女のサインが掌紋と共に記入されていた。

「船務長さんだったんですか」

「あぁ、そういえば」

 そこで彼女は背筋を正して、きれいな敬礼をして言った。

「申し遅れました。本船の船務長を務めています、ロマノ・ソフィアです。補修作業をよろしくお願いいたします」

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