No.18 - 船と船の間で

「来た」

 山の向こうから数隻の軍艦が悠々と雲を割って進んでいく。黒々した腹を見せつけて飛ぶ姿を画面越しに見ながら、やせた短髪の男は手元のレーションに齧りついた。口の端から細かいカスがボロボロとこぼれていくのを抑えている彼の前で、艦隊は少しずつ速度を落としながら降下していく。すべての艦が建物に遮蔽されて見えなくなったのを確認して、男は振り返って自らの上司に報告した。

「カトウ艦長。たった今8隻が入港しました。艦種は順に重巡1、軽巡1、駆逐3、掃海3。現時点までで合計72隻があの基地に停泊していることになります」

「そうか、わかった」

 報告を受けて、艦橋の中央に用意された席に座る男は、視界上に大量に展開していたファイル群をすべて閉じて立ち上がる。鼻から深く息を吸って短く吐き出し、艦橋を見渡す。他の乗組員が出払っていて空席が目立つ中、報告を上げてきた男の前にブロックタイプの栄養食やエナジードリンクのパウチが転がっているのを見つけ、彼は顔をしかめた。もともと彫りの深い顔の中央、眉間にさらに皺を寄せて今度はため息を吐く。

「シドくん、そろそろ交代の時間だろう。外の飯でも食って来たらどうだ?」

「自分は仕事をしているほうが気がまぎれます。お気になさらず」

「まったく……」

 そういってシドは椅子に座り直して前を向く。各方面のレーダーサイトが役に立たない現状では、光学モードによる視界だけが彼らの頼りだった。シドは画面を見つめたまま、背後に立つ男に話し出した。

「あれを相手にするのは……骨が折れそうですね」

 シドは台の上に置いてあったコップを持ち上げて口に当てる。だが、すでにその中身を飲み干した後だったことに気づいてそっと元の位置に戻した。

「補修作業の進捗に遅れが出ています。それに……例のパーツもいつ届くか確証が持てません」

「……」

 シドはもう一度コップを持ち上げて、中身が空になっていることを思い出し、いらだち交じりにコップをデスクにたたきつける。わずかに残った中身が反動で飛び出し、ぽたりと彼の服の裾に染みを作った。

「だが我々はわずかな可能性に賭けるしかない」

「はい……」

 カトウの言葉に、シドは思いを飲み込むようにぐっと下を向く。その様子を横目に、カトウは作戦計画書を再度持ち出した。

「……対象の奪取に失敗した場合、次の目標は対象の破壊になる。自爆も含めて、使える手段はすべて使わなければならない」

「しかしっ!」

「シドくん」

 弾かれたように顔を上げたシドに対し、カトウはまっすぐに向き合って彼を制す。彼は艦橋の窓から見える景色に正対して、目の前に広がる荒野を眺めながら確かな口調で語りだした。

「私はこの艦を沈めるつもりは一切ない。必ず作戦は成功させる。そのためにできることはしてきた」

 傍らでカトウを見るシドに、ゆったりと頷いて見せる。

「大丈夫だ。我々は必ず生きて帰る」


◇◆◇


「ねぇ、あの人雑すぎない? この星ってあんな連中ばっかなのかしら、まったく……」

 街から遠く離れていくトラックの上で、キキョウはぶつくさと文句を言い続けている。トラックの荷台には大量の資材と整備用品が詰め込まれており、その後ろから自動運転でさらに3台分資材がついてきていた。山向こうに停泊している船団の面倒を見てくれの一言で会社から追い出された彼らは、その車列の先頭に身を落ち着けている。

「あんなもんだよ。むしろ、余計な詮索をされる方が困るだろ?」

 運転席でキキョウの愚痴を聞き続けるマコトは、辟易した様子で適当に返事をした。だが、キキョウはその態度が気に食わなかったらしく、座席から彼の方へ身を乗り出す。マコトはその体をよけようと余計に体をそらした。

「うっそでしょ!? 別にもともと機械系には強いけど、それでも仕事よ? あんっな適当な態度はないじゃない!」

 耳元で響く大きく高い声に顔をゆがめながら、マコトは彼女の肩を押して席の方へ戻す。前方に何もないことを確認したうえで、彼はジト目でキキョウを見た。彼女は悪びれもせず腕を組んで口をとがらせている。

「……ほんと、周りに人がいなくなるとずいぶん強気になるんだな……」

「えぇ?」

「あいや、なんでもない」

 ミソギは自前の工具や作業機械を家から持ってくるために別行動を取っている。広々としたトラックの運転席には、彼ら二人しか乗っていなかった。そうしているうちにキキョウの関心はガタガタと揺れ始めた座席に向いていく。

「だいぶ揺れてる。雑な舗装ねぇ」

「このあたりは入植がはじまった時に整備されてから、ほとんど手入れが入ってないんだ。しょうがないさ」

 道の周りに生えていたはずの草木はどんどんなくなっていき、道の舗装にも凹凸が目立つようになっている。都心から遠ざかるにつれてどんどん荒くなっていく道は、ついに舗装すらなく平らにならされた地面が続くだけになった。タイヤが大地に転がる石を踏むたびに、吸収しきれない振動が彼らを襲う。隣の席で不機嫌そうにどんどん顔をしかめていく彼女を見て、マコトは苦笑いしながら言った。

「ま、これも仕事だと思って何とか耐えてよ。そろそろつくからさ」

 目的地である停泊地の入り口が彼らの視界に入ってきていた。


◇◆◇


 停泊地には、分厚い装甲に覆われた15隻ほどの船が泊まっていた。単なる輸送船団には見えないそれらは、武装こそ存在しないものの、むしろ軍艦であると言われたほうが正しいような気さえさせる。マコトはその威容に驚きながらも、目的の船を探しながら船同士の間を縫うようにトラックを進めた。

「スズコウから来ました、スガワラマコトです」

 指定されていたのは停泊している中でも一際大きな艦だった。巨大な船体を支えるように地面に対して足が下ろされ、船の側面に開いた入り口へ続くようにタラップが伸びている。トラックを停め、タラップの前に立っていた女性にマコトが身分証を掲示して見せると、その女性は資料を確認し始めた。彼らの背後では、いつの間にかトラックから降りていたキキョウが資材の運び出しを始めており、運搬用パワードスーツの機械音が鳴っている。振り返ってその様子を眺めていると、女性が肩をたたいてきた。

「あの、確認が取れましたのでよろしくお願いします。補修していただきたい箇所までご案内しますので」

「あぁ、ありがとうございます」

 促されるままに、彼女の後についてタラップを登っていく。途中まで歩いたところで、マコトはふとキキョウに何も伝えていないことに気づいて立ち止まった。

「あ、ちょっと待っていただけますか?」

「え? あぁ、はい、わかりました」

 登ってきたタラップを小走りで駆け下り、トラックで作業しているキキョウの傍まで行って声をかける。

「ごめん、伝えるの忘れてたよ。これから中に入って、補修個所の説明を受けてくる。その間、資材の運び出しと僕の分の道具の準備をしておいてほしい」

「ん、わかった」

 彼女は素直に頷いて見せ、すぐに目の前の作業に戻っていく。ちょうど資材の運び出しが終わり、使う工具を取り出しているようだった。

「結構いろいろ揃ってるのね、溶接、部品削り出し、ハンダ付けなんていつの時代のやつよ、初めて見たわ。圧縮装置まで!」

 どうやら興味津々らしく、マコトの言葉は右から左へと抜け落ちてしまっているようだが、この様子なら勝手なことはしないだろうと踏んでもう一度タラップへ戻る。遠くから様子を見ていた女性が、戻ってきたマコトを艦へと迎え入れた。

「お待たせしました。よろしくお願いします」

「いえいえ。それでは、こちらへどうぞ」

 艦の中へ入るには、外部装甲を横切るように作られた通路を通る必要があった。装甲の分だけ長いその通路は3メートル近くもある。軍艦以上の壁の分厚さに、マコトは感嘆の溜息をついた。

「ずいぶん頑丈な作りなんですね」

「……輸送するものに合わせて、必要な改装を続けた結果ですね。あまりお気になさらず」

 薄暗い通路を淡々と進んでいく彼女について歩いていくと、配管だらけの機関部へとたどり着いた。円筒上の機関からは複数のパイプが伸びており、アイドリングされているようで、低い振動が足元から伝わってくる。

「まず第一優先でこちらのコンデンサーの交換をお願いします。詳細は後ほど、機関部乗組員をここへ呼びますので」

「はい、わかりました」

 マコトが返事をしながら、機関をじっと眺めた。それはこれまでに彼が見たことがないほど巨大なエンジンであり、この船を空へ浮かべることを考えれば妥当な大きさだと感じられる。同時に彼は、なぜこれほどまでに大きなエンジンを積んでいるのかという疑問に襲われた。少なくともいずもや、あるいは人類が入植している他の星の重力下では、もう少し機関が小さくても問題なく宇宙空間まで到達できるはずだった。

「ずいぶん大きいんですね、これじゃかなり燃料を食うんじゃないんですか?」

 そういうと、女性は感情をこもっていない微笑みをマコトに向ける。

「私たちは数多くの星で活動しますから。この巨体を確実に浮き上がらせるためにはこれだけの機関が必要なんです」

 淡々とした口調で、彼女はそう言った。

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