No.16 - 帰宅
「いやぁびっくりした。お前、いつの間にこんな美人と知り合ってんの?」
「ほんとどうしてだろうな、全く」
タカアマバラ外縁から幹線道路に乗って一台の自家用車が走る。運転席でニヤニヤしながら楽しそうに話すミソギは、少し落ちてきたメガネを押し上げながらマコトに聞いたが、返事はあまりにそっけなかった。そんな彼の態度に肩をすくめて、今度は後部座席をバックミラーで覗いてみる。キキョウはと言えば、二人の会話には全く興味なさそうに頬に手をついて窓の外を眺めていた。車窓の外、アスファルトで舗装された外は鬱蒼とした森林で、先は少しも見通せそうにない。ミソギはまた肩をすくめて、視線を目の前に移した。
「そうだ、そういえばびっくりしただろ。上を飛んでるアレ」
「ん? あぁ、そりゃ驚くだろ」
「星一つを丸ごと封鎖だからな、最初に来たときはマジでビビったよ。なんせ首都上空は真っ黒になるぐらいの大艦隊だったからね」
数日前の様子を思い出しながら大袈裟な様子で彼は話を続ける。ちょうど大きな交差点に差し掛かったところで、ハンドルに顎を乗せて体を預けた。チカチカと点滅する信号と目の前を横切る車両を見ていると、途中から軍用車が走り始める。
「ここらへんも基地局の封鎖で海兵隊がうろうろしてるよ。……全く物騒になったもんだ」
「ねぇ、あれはなんて山?」
「ん?」
ミソギのつぶやきを無視するように、後部座席から質問が飛んでくる。二人が後ろを振り返ると、交差点の隅からわずかに見える空に向かってキキョウが指を向けていた。窓の外を見てみると、その方角には夕陽に照らされた山肌が見える。
「あぁ、あれは――」
マコトが答えようとすると、突然車が動き始めて全員がそろってつんのめった。よく見ると信号が青に変わっていて、自動運転システムによってアクセルが踏まれている。動き出した彼らの車の後ろから、後続車両もついてきていた。
「やばいやばい、急ぎまーす」
法定速度を守ったあまりにも遅い動きに業を煮やした後続車両のうちいくつかがクラクションを鳴らしはじめる。ミソギは大慌てでアクセルを踏んで車を走らせた。
「いやーごめんごめん、信号見てなかったわ」
「運転手は運転に集中してくれ」
「はーい」
交差点を過ぎた先で横道に入り、車の通りも少なくなる。細い道に入ってもなお、キキョウの視線は山に釘付けだった。
「ごめん、話が途中になっちゃったね。あれはヨモツヒラサカ。いずもで一番高い山だよ」
マコトはそういって、窓の外に流れる景色に大きく映り込む山を見る。わずかに白く雪が積もった山頂と、横に大きく裾が広がってるヨモツヒラサカは、惑星いずも最高峰であり絶景として知られていた。
「きれいな山ね……」
そう呟いて、じっと色素の薄い目で彼女は山を見続けている。完全に自分の世界に入っているようで、マコトはその横顔を見るのをやめて座席の上で背伸びをした。
「ところで、やっぱこのあたりはいつも以上に閑散としてるな」
「そう! そうなんだよ~どこの店も食料品が高くなったし品薄だし、そりゃそうだよねって感じで」
荒れ地から街へ入ってくると、人通りがあまりに少ないことがありありとわかる。本来は車が多く通っているはずの道は彼らの乗る車以外何も通っていないし、中心のビルへ続く歩道には誰も歩いていない。道路に面した一部の店はシャッターを締め切っていて、ゴーストタウン一歩手前の状態だった。そんな閑散とした道を進んで、ミソギはデパートの駐車場へと車を走らせる。
「あれ、このまま家のほうまで行くんじゃないのか?」
「いやいや、ほら、ここで彼女用の物を買っとこうよ」
エレベーターに車を乗せて、シートベルトを外しながらミソギはそういった。後部座席では、怪訝な顔をしてキキョウが二人を見ている。
「あ、安心してよ! ここはマコトが出してくれるからさ」
◇◆◇
「ほーいついた、長旅お疲れさん」
「……送り迎えどうも」
「そこはほら、他ならぬ親友の頼みなら断る理由はないしね」
空もかなり暗くなったころ、三人はマコトの家の駐車場に到着していた。車から降りて後部ドアを開けながら、ミソギはにこやかにそんなことを言うが、答えるマコトの顔はどこか力が抜けている。開けたドアからは袋いっぱいの荷物を持ったキキョウが軽やかに降りてきた。
「どうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ眼福でした」
「?」
「あぁいや、お気になさらず」
そういってミソギは運転席に戻る。車のエンジンをかけなおして、ヘッドライトを点灯させた。
「じゃあ、また明日! 俺はいったん家に帰るよ、それじゃあね~」
そういってミソギは道路へ車を出していった。暗い道路にヘッドライトが少しずつ遠ざかっていくのを、二人は玄関から見送る。
「それじゃあ、まぁ、狭苦しくて悪いんだけど、よろしく」
二人だけになった途端にどこからか湧いてきた居心地の悪さを隠し切れず、歯切れ悪そうにマコトがそういうと彼女は荷物を抱えて答えた。
「こちらこそ、しばらくの間よろしく」
思いの外さっぱりとした返事に彼は安堵して、玄関のカギを開け始めた。キキョウは家の外装を眺めながら、マコトの後ろでうろうろしている。マコトの家は、外装は伝統的な二ホン家屋風に仕上げられており、二階建ての家にはどこか雰囲気があった。キキョウは瓦屋根を珍しそうに眺め、外に張り出た縁側の様子を観察している。虹彩認証と掌紋認証を通して、玄関が開くようになったときには、彼女は小庭に植えられた一本の木を覗いていた。
「あの、玄関開けたからもう入れるけど」
声をかけると、びくっと背筋を伸ばしてマコトのほうへ小走りで向かってくる。彼は玄関前に置いてあった荷物を抱えて、彼女を家へ迎え入れた。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
外装に反して設備自体はしっかりとしており、彼らが屋内に入った時点で空調が自動で動き始めている。灯りも順次灯っていって、長い間家を空けていたようにはとても思えなかった。玄関で靴を脱いでいるマコトの前で、そんな家の内装を見ながら、キキョウはぽつりと呟いた。
「結構いい家に住んでんのね」
「いや、そうでもないよ。もともと別の人が住んでたんだけど、僕がもらい受けてリフォームしただけだしね。あんまりお金も掛けてない」
脱いだ靴を隅に置いて、マコトは立ち上がって部屋の奥へ歩いていく。キキョウも慣れないながら靴を脱いで床に足をつけると、いつの間にか二人の靴がどこにも見当たらなくて驚いた。
「ね、ねぇちょっと! アタシの靴どこやったの!?」
「え、しまってあるだけだけど」
「しまってある?」
キキョウの声を聴いて不思議そうな顔をしながら戻ってきたマコトだったが、すぐにその原因に思い当たって手を打った。
「あぁ、なるほど! ごめん言ってなかったけど、そこで靴を脱ぐと靴箱にしまってくれるようになってるんだ」
そういって靴箱を開けて見せると、そこにはキキョウが脱いだばかりの靴が丁寧にそろえられてしまってある。彼女が靴箱の中を見たのを確認してから、マコトは家の奥へと歩いていった。キキョウはその靴箱を興味深げに眺めてから、その後ろをついて歩く。一番奥の引き戸を開けた先の洋室へ、二人は入っていった。
「ここがリビング。とりあえず部屋の準備とかできるまではここでくつろいでてよ」
マコトはそういって、机の上に置かれた荷物から、冷蔵庫へと買ってきた食料などをしまいはじめる。キキョウは部屋の中身をぐるぐると興味深げに見まわして部屋の奥へとつながるドアに目をつけた。
ドアを開けて中を覗くと、そこは本が山のように積まれた書斎になっていた。机の左右に並べられた本棚にはぎっしりと詰め込まれた本が並び、机の上には丁寧に掃除道具が並べられている。机の中央に置かれた無地の表紙に包まれた一冊の本を手に取ろうとしたその時、彼女の背後からマコトが声をかけた。
「あれ、こっち見てたの?」
「っ!」
体をびくつかせて振り返ると、そんな彼女の様子にマコトも驚いた。じっと互いの眼を見ながら気まずい雰囲気に耐えていると、リビングのほうからアラーム音が鳴る。その音で少し張っていた雰囲気が緩んで、キキョウはふっと息を吐いて頭を下げた。
「ごめん、勝手に入って」
「いや、いいんだ。大したものはないしね」
「アンタ、本好きなの?」
キキョウは机の上に乗っているそれを指差すと、マコトははにかんで言った。
「まぁね、今時紙の本は流行らないけど」
「アタシも本は好きよ」
マコトは、予想だにしなかった返事に驚いて口をつぐむ。反対にキキョウは、本棚の本を眺めながら平然と話し出した。
「アタシの親が残してくれた遺品の中に、本があったから」
「……」
マコトが反応できずに言葉を探していると、彼女はパッとマコトのほうを振り返り、すたすたと歩いてきた。一瞬彼はドキッとしたが、彼女はそんな彼の脇をするりと潜り抜けてリビングへと出る。
「辛気臭い話はやめやめ! それよりも、さっき買ったレトルトカレー、あれ食べるわよ!」
「……はは、はいはいわかりましたよ」
打って変わって調子のいいところを見せた彼女に大きくため息をつきながら、マコトは書斎を出てガチャリと扉を閉めた。
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