No.15 - いずもへ降着
定期便から見えるいずもの空には物々しい雰囲気が漂っている。遠くには首都上空に停泊する星間連合宇宙軍の戦艦が見える。少しずつ地表が近づくにつれて、その砲口が通信基地局に向けて固定されているのがわかる。
「ねぇ、あれはなに?」
「え?」
隣に座るキキョウに尋ねられて、マコトが彼女が指さす方向を見てみると、この星の政治の中心である議事堂前の広場に、巨大な物体が鎮座していた。記憶を遡ってみても、少なくとも彼が旅に出発したころには見覚えがない。
「いや……たぶん、星連の人が持ち込んだんじゃないかな……」
「ふぅん。そう」
話しているうちに、地面が近づいてくる。マコトの視界に映る高度計の表示は0mへ向けてどんどんと減少していった。窓から見える景色も変わり、地上の様子がよく見える。武装した警官が空中から見えるほど大量に配置されており、ポート中央には駆逐艦が停泊してにらみを利かせていた。
「ずいぶん物騒ねぇ。まるで戦時下みたい」
「間違ってないんじゃないかな。実際のところ何が起こってるかなんてわからないけど」
二人が乗るシャトルの翼が風を切る音に交じるエンジンの音が徐々に小さくなり、彼らの視界からポートが消えた。水平方向の移動が止まり、少しずつ垂直にシャトルが地面へと降りていく。ぐっと船体が沈み込んで、シャトルはいずもの大地へ到着した。
『ご乗船、ありがとうございます。タカアマバラ外縁、タカアマバラ外縁。お降りの際は忘れ物にご注意ください――』
機械音声のアナウンスが特に抑揚もなく変わらない調子で到着を告げると、入り口の自動ドアが空気が動くぷしゅっという音とともに開け放たれる。足元の通路に埋め込まれた誘導灯が、前の座席に座る乗客から順に降りるように促していった。ゆっくりと進む行列を眺めながら、キキョウは退屈そうに欠伸をする。
「なっがいわねぇ……さっさと歩けばいいのに」
「そういう君も、早く降りる準備しなよ。ほら、荷物まとめてさ」
「はいはい」
マコトは既に荷物をまとめており、降りる準備は整っていた。隣にいるキキョウはと言えば、まだ座席に腰かけたままで荷物も入れっぱなしにしてある。おまけに上着を脱ぎっぱなしていて、彼女の背中と背もたれの間でくしゃくしゃになっている。キキョウがしぶしぶといった様子で降りる準備をしていると、彼らの座る座席の誘導灯が点いた。
マコトは先に立ち上がると、キキョウが準備を整えるのを待つ。そんな彼らを横目に、他の客は不安げな顔をしてぞろぞろと降りていく。キキョウがもたついている間に、シャトルの中には彼らだけになっていた。
「降りたらとりあえず宿を探そう。さすがに野宿させるのは申し訳ないしね」
「土地勘ないんだから、頼むわよ」
「はいはい」
軽口をたたきながら、無人のシャトルの廊下を歩く。足元の床が鳴らすどすどすという音だけが、閉じられた空間に反射して響いた。
「あんまりこの音、好きになれそうにないわ」
「そっか」
「そっけないわねぇ」
話しながら扉の外に出ると、周りを囲む建物の間を縫って差し込む西日が二人の視界を覆う。まだ地平線の上に姿を残す恒星は、迫りくる夜の前、束の間の彩に空を朱く染め上げていた。光を遮るように手をかざしながら、マコトは故郷の空気を感じて安心感を覚えた。
「……いつも帰ってくるときはこの時間帯を選ぶんだ」
「こんっなまぶしいのに? 目が痛いわよ……」
「まぁ、僕はこれが好きなんだ」
そういって、マコトは軽い足取りで歩き出した。キキョウも慌てて、その後を追いかけていく。そんな二人の姿を、監視カメラがじっと睨みつけていた。
◇◆◇
「最終シャトルがポートを離陸しました。本日の入星者は前日比-80%を見込んでいます」
「……わかった、ご苦労」
切れのある動きで一礼して、報告を終えた下士官が部屋を出ていく。いずもの首都上空を占拠している戦艦の一室で、一人の男はふっと息を吐いた。無精ひげの浮いた顎を撫でながら、慣れた手つきで懐から煙草を取り出し、先端をこすって火をつける。大きくゆっくりとフィルター越しに煙を吸って、ため息のようにそれを吐き出した。男がしばらく黙って煙の行く末を見ていると、こんこん、と控えめな音と共にドアが開く。
「だいぶ神経をすり減らしているようですな、司令官殿」
「ヒューゴ君」
顔を見せたのは、司令官とは旧知の仲であるヒューゴ・シュナイダーだった。はげあがった頭には控えめな白髪が左右に生えている。司令官と呼ばれた男は、それまで暗かった表情を少し明るくして椅子から立ち上がった。
「二人の時は肩書はやめてくれって言っただろう? もうかれこれ20年も一緒にやってるんだ、むしろ背中がむずがゆくなる」
「ははは、いやぁ、ティルピッツさん。普段肩書で呼んでるとなかなか戻せんもんですよ」
ティルピッツはソファに腰かけてヒューゴにも座るように促す。ヒューゴは促された通りに、テーブルをはさんで向かい側に座った。
「ま、しょうがないさ。司令官、だなんてな。そんな器じゃないとは思ってるんだが」
「それも運命でしょう。巡り巡って、ティルピッツさんがやるときが来た、それだけですよ」
「……俺なんかよりもいい軍人は同期に何人もいたさ。みんな戦場で散っていった」
ティルピッツは壁に手を当てて、掌紋認証を通して棚を開く。グラスを二つと、よく冷えたウイスキーを取り出して、テーブルに広げた。
「それもまた、運命です……残されたものは、ただ生きるほかありません」
「……そうだな」
氷の入ったグラスに、茶色のアルコールが注がれる。二人でカチンと杯を合わせてから、くいっと一口飲んだ。
「それはそうと、今回の作戦はどうも気に食わないですな。わざわざ星一つを占拠だなんて」
「言われた仕事をするしかない。外様軍人、敗軍の将のつらいところだな」
そういって、ティルピッツは作戦要綱書を取り出して改めて目を通す。いずも軌道上に艦隊を展開させ、目標物の運搬が終わるまで封じ込めを行い続けるその作戦に、二人とも納得はいっていなかった。
「もともと、星連のやり方はいけ好かなかったが……」
「それにそもそも、我々が運ばされてるあれは何なんですか? どこの技術でできてるんだか、駆逐艦ほどでかいくせして曳航しても全く重さを感じさせない」
書類から顔を上げると、困り顔でヒューゴが頭に手を当てて首をかしげている。複雑な思いを隠すように彼はグラスを思い切り傾けて中身を飲み干して話し出した。
「機関部の若者連中も、やっぱり異変に気付いてます。いい加減、情報統制も限界まで来てますよ」
「そうはいってもな……俺も知らないものは知らないんだ」
二人の間に重い沈黙が漂う。ティルピッツは溜息をつきながら、グラスにウイスキーを注ぎ足した。
「いずれにせよ、俺たちはただ、黙ってあれを運搬して、この星の住人に危害が及ばなければそれでいいんだよ」
一息にウイスキーを飲み干して、ティルピッツはグラスをダンッと机に置いた。
◇◆◇
降着ポートの外の様子はいつも通りで、特に違和感を感じられない。大地に足をつけているだけならば、この星を覆う暗い情勢も伝わってこなかった。バスロータリーには複数の車両が待機して順番に人を乗せているし、あとからそれを補充するように追加のバスがやってくる。宇宙港にいる間は半ばパニックになっていた旅人たちも、街の様子を見て安心したのか、自分の向かう方向のバスを探してうろうろしていた。そんな様子を眺めながら、キキョウとマコトはベンチに座っている。キキョウはいらだちを隠しもせず、貧乏ゆすりをしながら眉間の皺を深めてつぶやいた。
「んで、結局見つかんなかったわね。ホテル」
「だめだね、もうこのあたりはほとんど先に抑えられてる」
首都タカアマバラ近郊のホテルはすべて星連に抑えられているうえに、残されたホテルはほとんど旅人たちによって埋まってしまっていた。また、いずも全体の通信網にも不具合があるせいで、遠出をしたところで泊まる場所が見つかる保証などどこにもない。
「最悪の場合、友達が来てから車で遠くの町に行くかだけど……」
「ほんとに来るのそれ? もう1時間も待ってるのよ?」
「あー……」
迎えに呼んだはずのミソギは約束の時間になっても来ていない。シャトルを降りてから既に2時間、キキョウの忍耐力は限界を迎えていた。
「もういいわ、あんたんとこ泊めさせてよ」
「え」
「え、じゃないわよ! 見つからないならしょうがないでしょ?!」
そういわれて、マコトは自分の家を思い返す。男の一人暮らしには余裕がある程度の広さの家だったが、掃除が行き届いているとは言えない。いくら何でもそれはどうかと返答に渋っていると、彼女は立ち上がってさらにまくし立てた。マコトの襟首をつかんでガクガクと前後に振る。
「ほら、あんたの家まで行けるのどれ?! 教えなさいよ!」
「わ、ちょっと待てって!」
何とかマコトがキキョウを落ち着かせようとしていると、甲高いクラクションが鳴りだした。二人が驚いて音の宝庫を見ると、バスロータリーに一両の自家用車が入り込んできていた。入り口でバスとぶつかりかけて警報を鳴らされたらしいが、全く意に介さずにその車はフラフラと二人の前の道路までやってくる。マコトが呼んだ迎えは、ふざけた調子で二人の前に現れた。
「え、なにこれ。なにやってんの? あ、もしかして痴話げんか?」
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