ふるさと
No.14 - 宇宙港にて
「はぁ?! 泊まる場所がない?!」
いずも宇宙港のラウンジに、キキョウの叫び声が響いた。同時に彼女は座っていた椅子から跳びあがり、無理な衝撃が加わったことで大きくガタンと音が鳴る。続けて何か言おうと口をパクパクさせたが、マコトの申し訳なさそうな態度に免じて、彼女はため息をついて彼女は椅子に座り直した。
「……ホテルの予約してくれたって言ったじゃない!」
「いや、予約は取ったらしいんだけど……」
ため息交じりながらも怒気の含まれた強い声で、キキョウがマコトに尋ねる。予約をしたはずのミソギにメッセージを送ったものの不自然なほど返事がなく、キキョウの話を聞きながらマコトも首をひねるばかりだった。港からいずもへ降着するための定期便も遅延が続いており、長蛇の列が解消される様子がないのも、彼の困惑を深めている。
「ホテルが取れないのも連絡が取れないのもそうだけど、なんでこんな遅延が続いてるんだか……」
「アンタの星はどんだけポンコツなのよ」
「いや、今回のはイレギュラーだよ。普段は遅れたりはしないさ」
彼らが話している横で、またぞろぞろと列が進む。時刻表アプリを確認すると、マコトたちが乗る便まであと4本も待つ必要があった。溜息をついて彼が辺りを見渡すと、焦り、困惑、怒り、様々な表情が見て取れる。自分たちだけじゃないな、と再度溜息をついて隣に座るキキョウを見ると、彼女は暇つぶしとばかりに古めかしい携帯端末を手に取っていた。
「あれ、それって……」
「スマホよ、スマホ」
そういって手の中の黒く四角い板状のそれを彼女は振って見せる。
「へぇ! まだ動く奴があったなんて知らなかった。ブンチンなら僕も持ってるけど」
「そりゃ私、現役でこれ使ってるもの。ちゃんと手入れしてるし、重しになんてしないわよ」
「え」
そこで初めて、彼女のうなじに何もついていないことにマコトは気が付いた。マコトや周りの人々はみな、大小の差はあるものの機械的なアタッチメントが付いている。だが、彼女にはそれがなかった。
「うそでしょ、君、NEftNつけてないの……?!」
NEftN、Nerves, Erode from the Nape。それは、うなじから人間の脳に電気信号を送り込むことで、人の視覚、聴覚を拡張する電子機器。一般に普及したこの端末は、それまでに存在していた外部の携帯端末のほとんどすべてを駆逐してしまった。マコトのうなじにもついており、彼の視界には拡張された情報が多く表示されている。
「前時代的で悪かったわね」
「あ、いや。ごめん」
キキョウがいまだにその小さな画面の端末を使っていることにマコトが驚きを隠せずにいると、彼女はそう答えた。マコトが謝ると、特に気にする様子もなく、彼女はラウンジに備え付けられたスクリーンを指さす。
「それよりほら。なんか始まるわよ」
「あぁ、うん」
ちらりと時刻表を確認すると、彼らが乗るべき便まであと2本になっている。視界の端にタイムリミットを表示させて、マコトはそのスクリーンに視線を映した。
◇◆◇
「いずも宇宙港へお越しの皆様へお伝えいたします――」
強い照明に煌々と照らされたスタジオで、ニュースキャスターが原稿を読み上げている。その様子を、ディレクターは無言で見つめていた。
「……こんなの外向けに出してよかったんですかね……?」
「……」
ディレクターの隣にいる若い男が尋ねるが、彼は何も答えない。二人の沈黙の前で、キャスターは口を動かし続けている。
「昨日14時より、星連本部の指示によって、いずもには通信管制が敷かれております。現在まで、星連本部は理由を明らかにしていません」
読み上げを続けるキャスターの後ろで、スクリーンに映像が映し出される。それは、いずもの首都・タカアマバラの上空からの映像だった。3隻の軍艦が首都の上空を占拠しており、その砲口はいずれも地上へと向けられている。カメラが少しずつ横に流れていくと、点々と駆逐艦の姿が見えた。点在する地上基地局の上を占拠しており、いずも外部へのネットワークへの接続を完全に断ち切るように展開されている。
「上から要求された通りにうちは流すしかないからな。ここまでは外に流れていいんだろう」
「でも、一つの星をネットワークから遮断するなんて暴動が起きてもおかしくないですよ」
二人がひそひそと話している間に、映像が切り替わり現地のリポーターへとつながった。軍艦に覆われた空に不安な表情を浮かべる市民の声を聴いて回っている。
「――このように、町の人たちは不満をあらわにしています。通信管制が始まってから既に10時間が経過しており、一部では暴動が発生しています」
簡単にその場をまとめたリポーターの背後では、若者を中心とした群衆が大きく声を上げながら官邸へと押し寄せており、武装した警官まで出動し始めていた。
「というより、この星の政府はどんな神経してるんですかね? 星間連合からの圧力とはいえ、ふつうこんなことは倫理に反するというか……」
「むしろうちの政府だからこそこんなことになってるんだろ。外部からの圧力なんてこれまで全くなかったんだ、突然殴られたらパニックになるに決まってる」
話を続ける二人の前で、スポットライトがニュースキャスターに戻ってきた。手元の原稿をスライドさせて、彼女は最後の一文の読み上げを始める。
「予定では通信管制は翌月3日まで続くことになっております。いずもへ降着される際は、この点に十分ご注意ください。以上、いずも中央放送局よりお伝えいたしました」
そういってキャスターが深々と頭を下げた時点で、放送が終了した。
「はい、お疲れ様でーす!」
カメラの裏側から雑用係をしていた青年がそう声を上げると、その場にいた全員がわらわらと口を開いて、次の仕事へ向けた話を始める。ただ、ディレクターの男は黙ったまま、じっと先ほどの映像を見つめていた。
◇◆◇
『――以上、いずも中央放送局よりお伝えいたしました』
「いや、まじか……」
マコトの口から思わず洩れた言葉は、その場にいた人々の気持ちを代弁していた。一つの星をネットワークから完全に遮断された場合、出入星や、そもそもその星での生活に大きな支障が出かねない。今から降りる星が最悪の状況下にあることを知ってしまった人々の間には大きな動揺が渦巻いていた。
「どうする、今からでも別の星へ行くか……?」
「旅費はどうするの? それにそもそも、今から次の便の予約なんていつになるのか……」
いずも宇宙港から出る便を検索してみても、彼らの視界には何も映らない。既に宇宙港も含めて、通信どころか一般人の出入りが完全に封鎖されていた。それがわかったとたん、周囲の人々は動揺を通り越して半ばパニック状態になりながら、自分が乗って来た船のプラットフォームへと走り出す。
そんな大騒ぎの中で、マコトはじっと脳内で状況を整理し続けた。通信管制でミソギと連絡をとることはできない。そもそも彼はこの星の住人であるため、降りる以外の選択肢はなかった。だが、隣にはいずもには縁もゆかりもないキキョウがいる。
「俺はもう、ここに降りる以外の選択肢がないんだけど、君はどうする?」
マコトはそういって隣に座るキキョウの顔を恐る恐る見てみると、彼女は思いの外落ち着いた表情で既に腰を上げていた。スマホをポケットに押し込んで、鞄を肩にかけている。
「ま、どうせ私も行くとこがないわけだし。別に今更どうってことはないでしょ」
「……案外落ち着いてるんだな」
そんな様子にびっくりしてマコトがそういうと、彼女は何でもないような顔をして言った。
「頼りないけど、一人じゃないしね」
そういって彼女は、彼に向って手を差し出してくる。
「しばらくの間、よろしく頼むわよ」
差し出された手とキキョウの顔を行ったり来たりしていたマコトだったが、すぐにふっと表情を崩してその手を取って立ち上がった。自分の鞄を背中にしょって、搭乗口の方へ指をさして笑う。
「その信頼は裏切らないように努力するさ。そうと決まったら、早いとこあれに乗らせてもらおうか」
先ほどまで人に隠されて見えなかった搭乗口に、二人は歩いて行った。
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