No.13 - 二人の想い

『――現在本船は通常航行へ移行しました。まもなく、通信管制を解除いたします。繰り返します――』

 甲高いアナウンスの声でマコトは目を醒ました。かなり時間が経っていたようで、既に船はいずもまであと少しのところに来ている。彼はベッドから体を起こして冷蔵庫を漁り、適当な飲料パックを手に取って喉に流し込んだ。

「あ~……」

 彼は寝起きの回らない頭で、鈍くなった筋肉を起こすように解した。硬くなった首の筋肉を手で引っ張るように伸ばしていると、通信管制が解除されて溜まっていた通知が一斉に届く。そのあまりの音量に辟易して、一度通知音を消してから、マコトは座席に体を落ち着けた。

(だいぶ溜まってる……どうにかならないもんかなぁ)

 くるくると上がり続ける通知カウンターを見ながら、それをいちいち確認する退屈さを想像してさらに気分が落ち込む。彼は重たく溜息をつきながら、メールボックスを開いた。

『まもなく終点、惑星いずも宇宙港、惑星いずも宇宙港です。到着まで今しばらくお待ちください――』

 寝起きの頭には少しうるさいアナウンスに顔をしかめる。マコトは音を遮断するために、自分の端末から音楽をかけ始めた。外界から切り離された静寂の中に、控えめな音量ながらもクラシック音楽が鳴りだす。落ち着いた心持で、彼はメールの開封、確認作業を始めた。

 大半が特に何の意味も持たない、スパムや広告メールだったが、中には職場の友人からの連絡が混じっている。さらにそのほとんどが、旅の土産を期待して送られてきたであろうご機嫌伺いの内容で、彼は苦笑いしながらそっけない返信を返していった。そうして処理していくと、並んだメールの一番下、スタックの先頭には一番の友人・ミソギからの連絡が入っていた。

〝そういえば、旅行は楽しめたか? 今度はだいぶいろんなところに行ったんだろう? お土産を楽しみにしてるぞ〟

 そのメッセージを確認した時点で、マコトからメッセージも送信され、メッセージ欄がロードをはさんで正常化される。多少メッセージが前後してはいたが、互いに伝えたいことが伝わったようだった。

〝そういえば、例の記事についてはありがとうね、誤字脱字修正係くん。これで自信をもって持ってけるわ〟

 満面の笑みを浮かべた絵文字が続けて送られてくる。反省の気持ちはまるでないようだった。呆れ半分に笑いながら、マコトは返事を書いた。

〝いい加減自分で確認してやってくれよそれくらい……〟

 そこでふと、時計を確認すると、14時13分を示している。いずもの彼が住む地域では、今の時間は深夜帯のはずだった。

〝ていうか、こんな時間まで起きてるのはさすがにおかしいと思うぞ〟

〝まぁまぁ、そこらへんはどうでもいいとして。そっちはどうだ、もうじき着くんだろ?〟

 マコトは返信の仕方をどうするか、何度かメッセージを打ち込んでは消し、少し悩んでから返事を送った。

〝あと23時間ぐらい。道中はあんまり退屈しないですんだよ、だいぶ疲れたけどね〟

〝例の女の子か、うらやましい限りだね〟

〝とんだじゃじゃ馬だよ〟

〝じゃじゃ馬でもいいじゃんか、むしろ可愛げがあってそっちの方がいい気がする〟

 マコトはそんな返事を見て、横柄で常識の通用しない彼女のことを思い浮かべて、溜息をついた。投げやりな手つきでメッセージを返す。

〝……会ってみればわかるんじゃない?〟

〝おう、期待しとくよ〟

 あまりにも適当な返しにこめかみに青筋を浮かべていると、すぐにメッセージが入った。

〝ところで、結局どうだったんだ? 欲しい情報にはアクセスできたのか?〟

〝俺だってお前の気持ちを否定したくはないけど、正直もう地球探しは厳しいんじゃないか?〟

〝休暇の度に出かけてくお前の背中がなんだかどんどんすさんでいく気がするよ〟

〝あきらめろとは言わないけど、それはお前、自分を削りすぎてるんじゃないか?〟

 続けざまに送られてきたメッセージから目をそらして、マコトは深呼吸をする。ミソギの指摘が至極真っ当なもので、彼の中に心苦しさが生まれたからだった。返事を渋っていると、さらに返事が続く。

〝まぁ、お前がまだ探したいっていうなら、俺は全然手伝うよ〟

 そんな親友の温かい言葉に感慨深さを感じていると、次の一言でその気持ちが一発でマコトの中から消えてしまった。

〝伝説の星発見される! なんて、めちゃくちゃいいタイトルになるしな!〟

「こいっつ……!」

 優しい顔から一転、渋い顔をしながら、故郷に戻ったら説教してやると心に決める。マコトはそのメッセージにはリアクションをせずに事務的な会話に戻した。

〝それで、頼んでおいたホテル、ちゃんと取れてる?〟

〝あ~〟

「あ~ってなんだ?」

 何の具体性もない答えに、マコトの頭に疑問符が浮かぶ。予約忘れてた、取れなかったのどちらかだろうかと考えを巡らせていると、予想不可能な答えが帰ってきた。

〝頼まれてたホテル、というかその一帯の地域が今、立ち入り禁止になっちゃったんだよね〟


◇◆◇


「この船の客室、随分快適に作られてるわね」

 シャワールームから出てきたキキョウは、体にまとわりつく水滴を丁寧にふき取っている。そのまま体にバスタオルを巻き付けて、髪の毛を持ち上げてドライヤーに当て始めた。壁面から吹きだされる温風が、彼女の長い銀髪を柔らかく持ち上げて乾かしていく。十分に髪の毛が乾いたことを確認してから、彼女はシニヨンの形に結った。

 服をしっかりと着込んでから、冷蔵庫の中を覗く。彼女は並んだ飲料パックの中から一つを取り出して、口にくわえて一気にそれを吸い込んだ。

「~~っ!」

 冷蔵庫でしっかりと冷やされた液体が喉を通って体温を奪っていくと同時に、頭の奥にキーンという痛みが走る。音にならない呻き声を上げながら、キキョウは髪の上から自分の頭に手を当ててそれを逃がした。

「いったた、一気飲みはよくないわね……」

 誰にも聞かれることのない独り言をつぶやいた後、彼女はなんとなく自分の発言に居心地の悪さを感じて唇を噛む。しばらくそうして立ち尽くしていたが、深呼吸と共に気分を入れ替え、彼女はベッドに転がり込んだ。キキョウはパックを口にくわえてちまちまと中身を吸いながら、ベッドの脇の鞄から自分の荷物を取り出しにかかる。

 鞄の中から出てきたのは、港で情報屋から預かった写真と、彼女がもともと持つ一冊のノートだった。外装はボロボロだったが、中身はまだしっかりとしている。インクはきれいな濃紺の発色を保っており、紙自体も黄ばみがあるものの全体的にまだ白く汚れはなかった。

 パラパラとその中身をめくると、彼女には読めない文字がつづられている。ところどころにあるメモのような走り書きや、文章中に大量に引かれた打ち消し線と修正の文字からは、それが何らかの原稿であることをうかがわせた。

「きっと地球でなら、そこでなら、これを読めるはずよね」

 めくっていくと、後半のページはまだ何も書き足されていない。最後のページにだけ、キキョウにも読める文字でいくつかの言葉が書き添えられているのみだった。

〝あなたがどこで生まれたのか、どこから来たのか、それを知る手掛かりはこの一冊のノートだけしかなかった。いつか、あなたがこれを読み解ける日が来ることを祈っています。どうか、あなたの旅の行く先に幸運がありますように。〟

 その文をじっと見つめて、彼女はそっとノートを閉じた。

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