No.12 - 自己紹介
マコトが座るように促すと、キキョウは素直に部屋に備えつけられた座席に腰を下ろした。彼女はどっかと背もたれに体を預け、いつのまに冷蔵庫から取り出したのか、ルームサービスの飲み物を掲げて振ってみせる。
「これ、頂くわね」
「あ、ちょっと」
そのままさも当然かのように飲料パックの蓋を開けて、口をつけ飲みだしてしまった。
(それ、結構高いんだけどなぁ……)
値段を思い浮かべてまた頭に血が上りそうになるが、それ以前に呆れのほうが来てしまって溜息が出る。そんなマコトを、パックを両手で丁寧に潰しながらキキョウは見ていた。
「?」
「……あぁ、いい。何でもないよ」
その溜息に困惑したように首を傾げた彼女は、一度パックから口を離して話し出す。
「あに、あんはこれのひたかったの?」
「飲み終わってから喋ってよ」
口にまだ飲み物を含んだまま喋りだした彼女に、しっしと手を振って先に飲み干すように促した。その態度がキキョウは気に食わなかったようだが、彼女は手元の飲み物に集中し始める。彼女が飲み終わるのを、マコトは日記をしまいながら待った。
「ふぅ。ごちそうさま、おいしかったわ」
「そりゃどうも」
彼女はそう言いながら手首のスナップを効かせてゴミ箱に向かってパックのゴミを投げたが、ゴミ箱の入り口に弾かれて中空にフワフワと浮かぶだけにとどまる。露骨にめんどくさそうな顔をして、横目でマコトの方を見てきたが、彼は自分でやれとゴミのほうへ指を指して示した。キキョウは席を立ってゴミをきっちりとゴミ箱へ入れながら口を開いた。
「それよりも。話し合う前に必要なことがあるんじゃなくて?」
「必要なこと?」
座席へ戻った彼女はそういいだした。
「あたし、あんたの下の名前しか知らないわよ。出身とか素性とか、教えてくれてもいいじゃないの?」
これ、刺さる場所見つからないんだけど、と、ベルトがうまく固定できないようで苦戦している彼女をあえて無視しながら応える。
「つまり自己紹介ってこと?」
「そ。いい加減お互いによくわからない人ってわけにはいかないでしょ?」
「そういわれればそうだな」
そこでようやくきちんとベルトを締めることが出来たようで、キキョウは満足した様子でどこから調達したのか二本目の飲み物を取り出した。さすがに自分の部屋のモノだろうと思ったが、ふと冷蔵庫のほうを見るとドアにつけられたスクリーンには二本分の請求が書かれている。
「さすがに一言ぐらい断ってくれよ……」
「あによ」
にらみ返してきた彼女にそれ以上何を言うこともできず、マコトはまた溜息を吐くことしか出来なかった。その様子を見て鬼の首を取ったように自慢げにキキョウは飲み物を吸い続ける。
その姿を眺めていたマコトは、ふと彼女の容姿に気づきを得て、話し出した。
「……そういえば、君のルーツはどこだ? 肌のヨーロピアンに見えるけど、目の色はプルートノイドみたいだ」
彼女の肌は透き通るような白だったが、その目の色は対称的に薄く赤い色を宿していた。冥王星に植民した初期の人類の系譜の多くはそのルーツをアジアに持っているため、肌が白く目の赤い人間をほとんど見ることはない。感じた違和感を思わず口にしたマコトだったが、キキョウはそれにあまりいい顔をしなかった。
「アタシ、そういうのわかんないの。ていうか、普通そんな突っ込んだこと最初に聞く?」
「ごめん、デリケートすぎたかな?」
「アタシはあんまり気にしないけど、あんまり他の人に同じような聞き方はしないほうがいいかもね」
そういって鼻を鳴らし、キキョウは残りの飲み物を一気に吸い上げて飲み切った。一つ深呼吸して、彼女は口を開く。
「アンタが話さないならアタシから。アタシはキキョウ。クドオキキョウよ。出身は……生まれた場所は分からないけど、育った星はスカム」
「スカム? ここからだいぶ遠いんじゃないか?」
「別に」
今二人が乗る船の目指す場所である惑星いずもと、彼女が話す故郷の惑星スカムは、惑星ヴィを挟んだ正反対の方向にあった。一番早いルートを通っても半年近くはかかる位置に存在する。
「ほんとにいずもまでくるのか? ちょっとやそっとじゃ帰れなくなるぞ」
「いいのよ。だいぶいろんな所を点々としてるからそんなの今更だし」
無表情にそんなことをいってのけるが、無計画にもほどがある。首をひねりながらマコトはさらに重ねて訊ねた。
「それっていわゆるバックパッカーってやつか?」
「まぁ、そんなところじゃない」
そういったキキョウと、彼はじっと目をあわせてみる。嘘をついているわけではなさそうだが、彼女なりに思うところがあるのだろう。彼はそれ以上は追及しないことに決めて、今度は自分の自己紹介を始めた。
「……俺は、スガワラマコト。呼び方はなんでもいい。出身はいずも孤児養育院。ヴィへは情報収集の為に立ち寄ってた」
「孤児養育院?」
マコトの出身を聞いて、今度はキキョウが首を傾げる。どうやら聞きなじみのない言葉だったようで、彼は補足するように説明を続けた。
「要するに、孤児も含めて各家庭の青少年を育てるための施設ってこと。親がいる人にとって見れば寮生活みたいなもので、俺みたいに親のない子供にとってはそのまま家の役割をしてる」
「……そう、アンタも孤児だったんだ」
その言葉でマコトは、彼女自身も自分と似たような境遇で育ってきたことを理解した。言葉にはせずに無言で頷いて、話を先に進める。
「まぁ、取りあえず今の段階で話せるのはこんなところだ。それよりも、コイツについて情報を共有しておきたい」
そういってマコトは、懐から例のスティックを取り出した。情報屋から預かった物体を、くるくると指の間で回しながら彼は話す。
「俺はあの倉庫に行けば地球の座標を教えてくれるもんだとばかり思ってた。それが結局、小さなスティック一本を預けられておしまいだった」
「アタシからすればそれよりもアンタがあそこにいたことのほうが驚きだったわよ。一対一だとばかり思ってたから」
「そうだな、それもそうだ」
ぴたりとスティックを止めて内ポケットの中に丁寧にしまってから、彼は続きを話しはじめた。
「とにかく、俺はまだあきらめてない。地球に行けるなら、そのチャンスがあるなら俺はこれに掛けたいと思ってる」
「……それで?」
いまいち乗り気のしないような声でキキョウがそういったので、マコトはぐっと身を乗り出して取引を持ち掛けた。
「とにかく、俺の持つ一本と、君の持つ一本を使う日がくるまで、しばらくの間協力関係を結んでほしい」
その言葉に、キキョウの目がきらりと光ったような気がした。彼女も体を起こして訊ねる。
「しばらくって、いつまで?」
「取りあえず3か月」
マコトの言葉尻に重ねるようにして二つ目の質問が飛び出す。
「対価は?」
彼は思わず、勢いに押されるようにして大胆に応えてしまった。
「それまでにかかるいずもでの生活に関しては保証するさ」
「言質、取ったわよ?」
そういって彼女は、一つのデータを共有してきた。何かと思って開いてみると、ここまでの一連の会話がすべて録音されている。向こうに有利なことを言い過ぎたとマコトは焦ったが、すべて後の祭りだった。
「それじゃ、これからよろしくね? マコト」
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