No.11 - 船の中
「まったく、本当に勝手な人だな」
「悪かったわね」
「自覚してるならもうこれ以上自分勝手なことしないでほしいもんだね」
乗り込んだ船の中、マコトの船室のすぐ隣の部屋で、彼はキキョウと二人向かい合っている。
「それで、結局君もいずもまで来るってことでいいんだよな?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない」
大きく溜息をついてそういうと、キキョウも不機嫌そうにマコトをにらみつけてくる。だがその目はどこか笑っているようで、この状況を楽しんでいるかのような雰囲気を感じさせた。マコトは視線をそらさないように自分の連絡先からいずもにいる親友のチャット欄を開いて、メッセージを打ち込み始める。
〝ターミナル前のホテルの予約取っておいてくれると助かる。女性1人、セキュリティがしっかりしてる部屋で〟
「誰に連絡とってるの?」
メッセージが完全に送信されるのを待っている間に、キキョウが訊ねてくる。ぐるぐると回る待機表示を横目で眺めながら、マコトは彼女の問いかけに応えた。
「いずもにいる友達」
「そう。どんな人?」
「どんな? ……ジャーナリスト……なのかな? いいやつだよ」
適当に言葉をかわしている間に、メッセージの送信が完了する。ポップアップを閉じてキキョウのほうに向かい合って口を開いた。
「どうせ無計画に乗り込んだんだろう? 取りあえず君のホテルを取っておくように向こうの友達に連絡しといた」
「ご丁寧にどうも。当然お代は」
「だすわけないだろ」
セリフを遮るように少し強い口調でそういうと、キキョウは苦虫をかみつぶしたように忌々し気にこちらを見てきていた。
「……ケチ」
「なんとでもいえばいいさ」
やれやれと首を振ってみせた所で、船内放送が鳴り始めた。
『まもなく亜光速航行へ移行いたします。通路及びロビーにいらっしゃるお客様は速やかに船室へお戻りください。また、船外へ向けた各種通信はご遠慮ください――』
「もうそんな時間か。俺もいったん向こうの部屋に戻るとするよ」
「はいはい。んじゃ、話はまたあとでね」
そういってマコトが部屋を出ると、既に通路の船内灯はオレンジ色に変化している。周りを見渡しても、彼以外の乗客は既に見当たらなくなっていた。
マコトが部屋を出ていった後、窓から外を覗いてると、点に見えていた星の光が少しずつ霞んで細長くなっていく。白い光の霞と真っ黒な宇宙とが混ざり合っていく景色は、すぐに遮られてしまい、代わりに警告文字が表示された。無味乾燥なその文字を見て、キキョウは自分の部屋のベッドに入り込み、一枚の写真を取り出して眺める。その写真には、一組の男女が映っていた。
「むかつくけど、似てるんだよな」
ずいぶんとかすれている上に解像度も低いその写真に向かって、彼女はそう呟いた。
『シートベルトを締めた状態でしばらくお待ちくださいませ』
「急がなきゃ」
マコトは急いで部屋のベッドに入り込んでベルトを締める。船内灯がオレンジ色に薄暗く光だし、警報が鳴り始めた。エンジンの振動音もどんどん周波数が高くなっていく。10分ほどその状態が続き、最後に極めつけに強い加速を感じて、船は亜光速に到達したようだった。
『ただいま本船は亜光速航行状態に移行しました――』
アナウンスが流れてくるころには船内灯が元の白い光を取り戻し、エンジンの声もずいぶん耳に慣れてきた。シートベルトを外してベッドから出たところで、マコトは自分の通知に2つのメッセージが入っていることに気が付く。一通目は先ほど送ったメッセージの返信だった。
〝へぇ、女性一人、ねぇ……とうとうお前にも春がやってきたのかな? とにかくホテルの予約はとっとくよ。費用はマコトが持つんでいいんだろ?〟
「……」
一瞬感じた怒りをぐっとこらえてこめかみに青筋を浮かべながらマコトは黙ってそのメッセージにグッドマークだけ押した。
〝そういえば、お前が気になってた奴。次元断層の調査隊がついこの間出発してったぞ〟
続きのメッセージには、書きかけの記事が貼り付けられている。そこには、観測不可領域の近くに発見された時空のひずみ、次元断層の調査に向けて出発したチームについて書かれてあった。メンバーのコメントや既に観測されているデータ概要、それぞれのソースへ繋がるリンクなど、欲しい情報が綺麗に整っている。簡単にその記事に目を通してから、マコトは返事を書いた。
〝ほんといい仕事するよ、ミソギ。ただな、友達の感想を勝手に校正に使おうとするのはどうかと思うぞ。ちなみに誤字脱字はなかった〟
亜光速航行が終了して通信管制が解かれた時にメッセージが送信されるように設定して画面をとじると、部屋のチャイムが軽快に鳴った。インターホンを覗いて外を確認すると、キキョウが立っている。ただし、その顔は青ざめており、見るからに体調は悪そうだった。すぐにドアを開けて、マコトは彼女を迎え入れた。
「びっくりした。なに、どうしたの?」
「……アンタ、酔い止め持ってない……?」
「はぁ?」
どうやら彼女は急な加速に酔ってしまったらしい。ぐったりとした様子の彼女を部屋のシートに座らせて、彼は自分の鞄からポーチを取り出した。
「一応持ってるけど、気休め程度だから」
「ありがと……」
マコトから受け取った薬を手に取って、彼女はぽつりと礼を言う。その錠剤を口に含んで飲み込むと、精神的にも安心したのか顔色も落ち着いたようだった。そんな彼女の様子をマコトはベッドに腰かけて見ていたが、互いに何も話さない無言の間に居心地が悪くなる。我慢できなくなって、マコトはぼそっと呟いた。
「これで貸し借りなしだからな」
「……分かったわよ」
気持ち悪さはまだ残っているようだったが、精神的な体力はだいぶ回復していたようで、マコトの言葉に反応した。それに安心して、マコトは鞄からノートを取り出して言った。
「まぁ、今の体調だときついだろうから取りあえずそこでゆっくりしてるといいよ。俺は日記書いてるから」
そういって、彼はベッドサイドにつけられた机に向かってノートを広げてペンをもった。無重力状態でも書くことが出来るように作られたペンで、軽い筆圧でさらさらとノートに今日あったこと、その時思ったことを書き綴る。そんな彼の後姿を、キキョウはぼんやり眺めていた。
「紙とペンなんてずいぶん珍しいもの使ってるのね」
「ん?」
後ろから聞こえてきたその声に振り返ると、シートから立ち上がってふわりとキキョウがこちらへ向かってきていた。そのままマコトの傍らに立って彼の手元を眺める。
「まぁね。昔から、好きだったんだ」
彼女に見られるのがなんとなく嫌で、マコトは一旦手を止めてノートを閉じる。
「別に続ければいいのに」
「あんまり人にみられたくはないんだ」
「そう、悪かったわね」
そういうと、彼女はノートにそっと手を付けて撫でた。ノートカバーの使い古された革の感触が彼女の指先に返ってくる。しばらくマコトはそのままにさせていたが、やがて息を吐いて彼女に向き合った。
「体調は戻ったみたいだな」
「えぇ、おかげさまで」
「それじゃあ、これからどうするか改めて話し合いと行こうか」
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