No.10 - 怒鳴りあい
「急げっ!」
カフェから出たマコトは人の間を縫って駆け出した。しかし、ドックへ近づくにつれて、人混みがひどくなってくる。大通りに出たときにはもう走ることが出来なくなってしまった。
「まじかよ……迂回路どっちだ……?」
人口密度情報を表示させてみても、どこもかしこも赤く点滅していてろくに進む道がない。比較的マシだと思われる方向を探して、マコトは人の海をかき分けながら進んだ。
「なんだよまったく」
「すみませんっ、失礼しますっ」
「押すなよ!」
流れに逆らうように歩く彼に後ろから怒鳴る声が追いかけてきたが、足を止める余裕はなかった。マップを横目にみながら進んでいくと、ようやく人がまばらな場所にたどり着く。荒くなった息を整えながら次に進むべき道を決めかねていると、後ろから声をかけられた。
「失礼、スガワラさんですね?」
彼は面倒くさがってマップから目を離すことなく手を相手のほうに向けて制しながら断る。
「すみません、今急いでますので――」
「申し訳ありませんが同行願えませんか」
その言葉に一瞬で背中に冷や汗が流れ出した。後ろを振り返ってみると、カフェで見かけた男がそこに立っている。よく見ると、遠巻きにマコトを囲う形で、似たような服装の人物が円形に展開していた。ちらりとその人影を横目で流し見て、深呼吸しながらなるべくにこやかにマコトは応える。
「いやぁ、もうすぐ船出ちゃうんですよ。申し訳ないんですが、今日のところは遠慮させていただきます」
「どうかそういわずに。こちらも仕事ですので」
そう言って目の前の男は顎で合図をだすと、遠巻きにマコトを囲っていた男たちが徐々に距離を詰めてきた。そのじりじりした歩幅に合わせるように彼も後ずさっていくが、下がれる距離は限られている。背後からは、ホバーヴィークルが切る風の音が迫っていた。
「仕事と言われましても、こっちにもこっちの都合ってもんがありまして。見逃していただけませんかね? そろそろ帰りの船が出る時間ですので」
「……そういえば、この後に出る船の行き先にはあなたの故郷はないようですが、どちらへおかえりになるつもりですか?」
そんなはずはない、とのどまで混みあがった言葉を飲み込んで振り返ってみると、つい十数分にカフェで会話した女の顔が思い浮かんだ。目の前の男に言い返す言葉もなく、怒りをぶつける対象者はもういない。歯ぎしり交じりの苦笑いを浮かべて、マコトの目つきは鋭さを増した。
「勝手なことしやがって……しりぬぐいは全部こっち持ちかよ」
状況はなおも悪い。出航までの時間は迫ってくる上に目の前の諜報員に対抗する手段もなく、おまけについに背中がガードレールについてしまった。
(前門の虎、後門の狼ってね……どうしたもんか)
じりじりと迫ってくる男たちを冷や汗で背中を濡らしながらにらみつけていた、その時だった。誰も存在するハズのない背後の空間から突然手が伸びてきて引きずり込まれる。突然の出来事に心臓がバクつき筋肉が歪な硬直を引き起こして体の各所が誤作動を起こしているのが実感できた。ガードレールの向こう側、巨大な円筒状の幹線に浮かんだ一両のヴィークルの上に、彼の体は着地した。
「いふはよ!」
「は?」
新しい重みが加わったことでヴィークルは一度深く沈み込む。突然人が道路に転落したことで歩道側には悲鳴が上がり、マコトを取り囲んでいた男たちの間にも動揺が広がっていた。マコト自身もなにがおこったかまったくわからなかったが、すぐにその答えは頭上から降ってきた。
「あのへぇ、ん、途中でおいてくのはないでしょ?!」
「へ?」
その言葉と共に走り出したヴィークルの運転席に座っていたのは、カフェにおいてきたはずのキキョウだった。口の周りにはクリームがついていて、膨らんだ頬をもぐもぐさせている。間の抜けた返事を聞いて腹がったのか、彼女は思いっきり顔をしかめて舌をべっと出しながら言った。
「あのねぇ、人の話は最後まで聞くもんでしょ? それから! 助けてもらったんだから言うことあるんじゃなくて?!」
「え、あ、あぁ、ありがと、う? おわっ」
曲がり角をものすごい勢いで走ったため、急な遠心力で舌がもつれる。対向車両が大慌てでハンドルを切って避けたためかろうじて衝突は免れたが、車体後部が振り回されて壁に擦った。耳障りな金属音と共に火花が散り、二人の乗るホバーの座席に焦げ臭い跡をつける。
「ちょ、あぶないって」
「助けてもらっといて何言ってんのよ! ほんっと役立たずね」
そんなキキョウの物言いに完全にマコトの堪忍袋の緒が切れた。
「何が役立たずだよ! だいたい君が公文書偽造なんてやらなかったらこんなことになってないだろ!」
「なによ、アタシが悪いってぇの?!」
「あんな雑な方法でかわせるわけないでしょ!」
その言葉にハンドルを握りながらもマコトのほうに振り返ってキキョウは怒鳴りだした。
「だいたいねぇ、アンタがぐうすか眠ったせいでアタシがしりぬぐいしなきゃいけなかったんでしょ?!」
「ちょ、前見て前!」
マコトは大慌てでキキョウの手の上からハンドルを握って進行方向を戻すと、ほんの5㎝隣を反対車線のホバーが走っていく。キキョウが目を離した瞬間、反対路線に半分ほど車両の顔がはみ出してしまったようで、危うく正面衝突するところだった。クラクションを鳴らされながらも、二人はようやく長い直線に乗って多少落ち着くことが出来た。
「そういう君はいまだって冷静さを欠いてるじゃないか、もっとちゃんと頭を使ったらどう?」
「こんのぉ!」
「ちょ、だから前見ててよ!」
二人の怒鳴り声を置き去りにして、車両はドックへ向けて爆走していった。
◇◆◇
『まもなく119番ゲートから惑星いずも宇宙港行の搭乗を開始します。今しばらくお待ちください――』
「間に合った、か」
「……そうみたいね」
ちょうど搭乗時刻の5分前に、二人は港の入出センターの前に立っていた。人通りは少なく、マコトが乗る船のほかは数本の定期船が出ている程度で、周りを見渡しても仕事帰りのビジネスマンや老人の姿が目立つ。追っ手は完全に振り切っていたが、キキョウと二人で乗ってきたホバーは擦り傷だらけになってしまっていた。
「まったく、こんなヒヤヒヤすると思ってなかったよ、もう……」
「ま、つかまってこの船を逃すよりもましでしょ?」
「はいはい」
まだバクつく心臓を深呼吸して少しずつ落ち着けながら、彼は歩き出す。その後ろを、遅れてキキョウもついてきた。
「まぁ、取りあえず送ってくれてありがとう。助かったよ」
「別に。こっちはお金も出してないし、痛手はまったくないしね」
たどり着いたゲートの端末に手首をかざして乗客情報と照会すると、正しく認証できた。どうやら乗船できないようにブロックされていることもなさそうだ、と彼はほっと安心の一息をついた。キキョウも同じように認証を通して、後ろを着いてくる。
「とりあえず、早く船に乗って一息つきましょ。これからのこともまだ何にも話せてないんだし」
「そうだね」
船の中に入ると、快適な温度が彼らを包み込む。船室に向かっていると、ちょうど船が動き出したようでエンジンの動く高い響くような音と振動が伝わってきた。
「間に合ってよかったわね」
「うん……うん?」
外の景色は少しずつ宇宙空間へと変わっていく。ちょうど時間帯もよく、真っ黒な宇宙に輝く大量の星の海が広がっていた。
「それじゃ、部屋に行きましょ」
キキョウは堂々と歩き出す。マコトもその後ろについていったが、ついに違和感に耐えられずに口を開いた。
「いや、ちょっとまってほしいんだけどさ」
「なによ?」
引き留められたことが不服だったのか、また不機嫌さを全面に押し出すような表情をしてキキョウが振り返る。マコトはただ一つで最大の疑問を彼女にぶつけた。
「君、どこまで着いてくんの……?」
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