No.9 - 対話

「いらっしゃいませ~」

 キキョウのあとを追って喫茶店の中に入ると、穏やかな音楽と店員の挨拶がマコトを出迎えた。見渡すとそれなりに席は埋まっており、BGMに交じって雑談の声が小さくざわめいている。こちらに向かって無表情に手を振ってくるキキョウは、一番人の少ない、奥のテーブル席に座っていた。

「注文は済ませといたから、後でお支払いのほうは頼んだわよ」

 マコトがテーブルに着くやいなや、キキョウはさらりとそんなことを言ってのけた。当然のように自由に注文しておいて、自分はびた一文たりとも払うつもりがないらしい。

「あのさぁ、いくら何でも……!」

『お待たせいたしました』

 思わず声を荒げそうになったマコトの目の前に、豪勢なパフェが運ばれてきて口をつぐむ。随所に大粒でみずみずしさが見た目にもわかる苺があしらわれ、ホイップクリームとやわらかそうなスポンジが詰め込まれた断面も美しい。交互に重なったクリームとスポンジはグラスの上に溢れでて、チョコレートコーティングされたスティッククッキーがその頂点に突き立てられている。彼女は差し出されたそれを満面の笑みで受け取り、うっとりした目で見つめてから、パフェを上から切り崩し始めた。その様子を呆れたように見ているマコトに対して、キキョウはスプーンで彼の前に運ばれてきた物を指し示した。

「それ食べないの?」

「え?」

 気が付くと、彼の前にもコップが一つ置かれていた。パフェほどではないがクリームがアイスコーヒーに溶けるようにして乗っている。チョコチップがまばらに散らされてあり、チョコソースが上から掛けられていた。

「ほら」

「あ、あぁ……」

 飲んでみると、クリームとチョコの甘さとコーヒーの苦味が互いを中和しあって見た目よりもすっきりとしている。時々口に入り込むチョコチップを噛み砕くとより芳醇な香りが口の中に広がった。

「どう?」

「……おいしい、ですよ」

 うんうんと満足気に頷いて、彼女は自分のパフェの続きを食べながらマコトにデータを送信してきた。

「あ、そうだ。これ、お願いね」

 データを開いてみると彼女から送られてきたのは会計データだった。その額はマコトにとっては1日の食事分に匹敵するほどで、頬をぴくぴくとひきつるのを感じながら努めて冷静に口を開いた。

「……え、遠慮のない人だな」

「なによ、文句でもあるわけ?」

 平然とそう言ってのけた彼女に対して、マコトは何か言ってやろうと口をパクパクとさせたが、言い返す言葉が見つからなかった。机に肘をつき頭を抱えて、不機嫌な態度を隠さず大きなため息をつく。そのあからさまな態度にキキョウも憮然とした顔をしたが、マコトは気にせずに彼女を問いただした。

「それで? その尋問とやらと、カップル云々の話を詳しく聞かせて欲しいんですけど」

「それが人にものを聞く態度なのかしら?」

「そっちこそ、訳も話さず金を出させて何も話さないなんてわがまますぎじゃないですか?」

 お互いまだ表面上は笑顔を保っていたが、内心を態度の端々に溢れさせていた。しばらく無言で互いに視線で火花を散らせあっていたが、そのうちに今度はキキョウのほうが根負けしたように一つ息を吐いてスプーンから手を離す。

「はいはい、悪かったわよ。確かに私のほうが不親切だったかもしれないわね」

 彼女はそういって両手をひらひら振って降参のポーズをとった。相変わらず不服そうな態度はかわらなかったが、キキョウは唇についたクリームを拭ってから話し出す。

「取りあえず私から話せるのは三つだけ。一つ、二人ですんなりと出てこられた理由。二つ、あの後に何があったか。三つ、これからどうするか」

「もったいぶらないで順番に話してくれませんか?」

 マコトが先を急かすと、ふてくされたように頬を膨らませる。拗ねたように顔をしかめて、キキョウはパフェにスプーンを突き立て、大きな塊を取って口に含ませた。

「へふにほんはへははなうへもひーははい」

「あ、ちょっと」

 マコトが止めるのも聞かずに彼女はもぐもぐと顎を動かし始め、聞き取れない文句を口ずさみながら咀嚼し続ける。無理に飲み込もうとしてのどに詰まったのか、涙目になりながら続きを話し出した。

「だ、大丈夫ですか?」

「へーきよ、へーき! ……んぐ」

 キキョウは胸の辺りをどんどんと叩いて喉に引っかかった物を胃の中に落とし込んだ。マコトから差し出されたコップの水を無理やり押し込むように飲んで、落ち着いた様子で深呼吸してから話しはじめる。

「それじゃあ一つ目。二人ですんなり出られたのはカップルだって言い張ったって話だけど、あれ、アンタと私の出身地同じにしておいたから。口裏合わせといてね」

「……はい?」

「今はいろんなシステムが使い物にならない状態らしいから、多少怪しくても確認できないだろうし。カップルだって言っておけば信用はされないにしてもその場は乗り切れるわ。怖いものみたさでつい入り込んじゃいましたでおしまい」

 ま、わざわざ細かいところまで調べやしないわよ、とキキョウはにっこりと笑って見せたが、マコトは呆れた表情を隠すことが出来なくなった。ため息交じりにちらりと横を流し見てみると、数人の男がこちらをちらちらと見てきているのが分かる。

「なによ、そんな顔して」

「いや、それで本当に人を騙せると思ってるとは思わなくて」

「はぁ?!」

 彼女は、皮肉の混じったマコトの言葉に思わず立ち上がって机を叩いた。バンっという大きな音とともに驚いて隣のテーブルの客が振り返り、その視線を受けて彼女は続く言葉を飲み込む。二、三度手を開いたり閉じたりしてから、彼女はすっと自分の席に座り直した。

「ごめん……」

「いや、いいんだけどさ……」

 隣のテーブルについていた人はどこか哀れな物を見る目で見てくる。周りの気まずい雰囲気を感じて、マコトは口を開いた。

「二つ目に行く前に言わせてもらうけど、むしろそれ疑われてるよ?」

「まぁアタシには特に関係ないわよ」

「ん?」

 目の前の人物がのたまったことを、いまいち飲み込めないでいると、キキョウはとんでもないことを言い出した。

「〝旅の途中で出身が同じだとわかって意気投合した〟って言っといたから、改ざんで疑われるのはアンタのほうだしね」

「はぁ?!」

 その物言いに今度はマコトの方が大声を上げた。散発的に沸き起こる大声と、店の奥の方に陣取る男女二人組。思わず上げてしまった大声を隠すように口を閉じて周囲を見渡すと、こちらに向けられた眼は完全に別れ際のカップルを見るようだった。やるせない気持ちになって、マコトは溜息がとまらない。

「こういうの、テンドンっていうのかしらね」

「はぁ……知らないよ、もう。取りあえず二つ目を聞かせてよ。君はいろいろ知ってるんだろう?」

「……なんかアンタ、急に砕けた口調になってない?」

「君が残念な人じゃなかったら変わらなかったとは思うよ」

「なによ、残念な人って。まったく……」

 釈然としない表情をしながらも、キキョウは続きを話しはじめた。

「あの後、格納庫にあった航宙駆逐艦を使って情報屋の男は逃げ出したそうよ。はぐ」

 グラスの表面についている半分に切られた苺を口に含む。

「……あの艦は生きてたのか」

「というより、今回のためにわざわざ整備し直したみたいよ。んぐ」

 今度はクリームの付いたスポンジを切り出して口に放り込んだ。

「ふぅ……どうやったんだか、ここの警備艦隊とドンパチする前に一分かからずに亜光速まで到達して逃げ切ったらしいわ」

 一分もかからずという言葉を、マコトはにわかに信じられなかった。公表されている最速の船でも亜光速到達までは三分はかかる。マコトが考え込んでいる間に、彼女は続きを話しはじめた。

「おまけに、かなり固めのセキュリティを敷いているはずの港内システムに介入まで仕掛けてる。通信管制システムを中心に一時ダウンしたせいでもう大騒ぎよ」

「さっきの行列はそれでか……」

「そう。かれこれ12時間ぐらいこの状態が続いてる辺り、本当にどうやったんだか」

「12時間ねぇ……ん?」

 その言葉に何か引っかかるものを感じて、時計を確認する。日時は7月4日12:22を示していた。マコトの船の出発時間まであと2時間を切っている。

「んん?!」

「まぁ一番はやっぱり機関出力よね、駆逐艦とはいえそれなりの大きさがあったはずなのに、あの質量のモノをたったの一分で持っていけるんだもの」

 目の前で話し続けるキキョウのことなど構っていられない。中央センターに近いこの場所からマコトの船の場所まで短く見積もっても1時間はかかる。マコトは手早く清算を済ませて、すぐに席を立った。

「ごめん、もうじき船の出発時間なんだ! 清算は済ませといた、連絡先も送っといたから何かあったらそこに頼む!」

「え、ちょっと! っ! っぐ!」

 突然立ったマコトに驚いて、キキョウはまたパフェをのどに詰まらせる。そんな彼女を気遣う暇もなく、彼は大慌てで走り出した。

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