No.8 - 騒ぎの後

『指定された座標宙域にワープアウトしました。艦橋へお越しください。繰り返します――』

 キキョウが目を醒ますと、ちょうど予定していた寄港先へ到着するところだった。軽い頭痛を感じて頭を抑えながら体を起こすと、体を覆っていた毛布がするりと床へ落ちる。ベッドサイドに置かれた写真も、同時につられて床へ転がった。立ち上がって写真を元の位置に戻してから、彼女は艦橋へと向かう。

 目的地として目の前に浮かんでいるのは、手入れもなく、長い間放置されていた宇宙港だった。キキョウが乗る艦も、遠く長い旅路の末に大小さまざま傷がついていて見た目はみすぼらしい。似た者同士だ、と彼女は心の片隅で小さく笑った。港の外装に艦を横づけて、キキョウは港内システムへのアクセスを試みる。

 どうやら、幸い港のシステムはまだ生きていたらしい。キキョウが認証情報を送信すると、宇宙風や度重なる隕石の衝突で傷だらけの外部装甲の一部が大きく口を開け、ドックまでの誘導ビーコンが送信されてきた。キキョウは誘導に従ってドックへと船を進める。すっぽりと完全に船がドックに入り切ったところで、物々しいクレーンの数々が一斉に船にとりついて、船体の姿勢を固定した。その様子を眺めていたキキョウは、宇宙服を着込み、港へと足を踏み入れることにした。


『生体反応ゼロ。大気圧ゼロ。慣性制御は機能していません』

「……」

 港の中は真っ暗で、宇宙服に備えつけられたライトだけだった。定期的に耳元で鳴る空間スキャンの結果を聞きながら、彼女は暗闇の中を切り開く。いくつかの倉庫を見て回り、十分に使用可能な食材、燃料、機材などをリストアップし次々にデータベースに保管していった。

『対象を確認。これより運搬を開始します』

 彼女の背後から、障害物をものともせずに運搬用のユニットが近づいてくる。それらは次々と倉庫の中へ入り込んで、残された物資を運び去っていった。あっという間に空っぽになった倉庫の隅には、すでに白骨化した亡骸が転がっている。キキョウは黙って、彼――あるいは彼女に対して手を合わせた。

 しばらく歩いているうちに、キキョウは周りと比べてより一層風化の激しい区画にたどり着く。キキョウがしゃがんで埃まみれの壁をそっとなぞってみると、わずかに消え残った区画番号が出てきた。

『区画番号、スキャンしました。情報照会中……』

 その番号をしばらく見つめてから、彼女は立ち上がって暗闇の奥を見つめる。この道は、いつか来た場所だった。

『照会完了。番号5002341は第五区画41番通路として登録されてあります。最終記録日は約1000――』

 その先の言葉は、彼女には届かない。通信をミュートして、キキョウは進み続けた。


 マコトとはじめて出会った場所は薄暗く塵だらけで、がらんとした空洞がすべてを吸い込むように広がっており先は見通せない。視線を巡らせると、手すりが折れて壁に突き刺さっていた。その向こう側に、在りし日の青年の姿がよぎって鼓動が高鳴る。記憶をたどるように足を踏み入れようとしたその時、非常回線から割り込みが入ってきた。

『警告。警告。崩落の危険アリ。退避してください』

 キキョウははっとして地面をけりその場から下がると、突然奥の壁が爆発して大きな穴が開く。宇宙空間用に装備していた小型スラスターをすべて噴射して下がっていくと、彼女を追うように左右の壁が大きな振動と共に迫ってきた。崩壊に巻き込まれる前に安全な区画まで戻ってきて、キキョウはほっと息を吐く。深呼吸をした後に道を振り返ると、そこにはもう道はなく、崩れた壁や多くの部品が漂う空間になり果てていた。

『作業進捗89%です。作業完了まで残り約16分……』

 進捗報告を聞きながら、キキョウは立ち尽くして暗闇をただ見つめる。彼女は、遠い過去、彼と出会った日のことを思い出していた。


◇◆◇


「うっ……」

 マコトの意識が眠りの底から浮上し、徐々に体全体が覚醒し始める。体の感覚が少しずつ戻ってくるにつれ関節に走る鈍い痛みを知覚して、彼は小さくうめいた。まだ眠気の支配から抜けきらない顔を歪ませゆっくりと目を開くと、ぼんやりと頭上に白い光が見える。視界が徐々にクリアになっていくにつれて、それが小さな室内灯の明かりであることに気がついた。

「ここは……?」

「取調室よ」

 声のする方へ顔を向けると、まだぼやける視界に銀髪が映る。ニ、三度瞬きするうちに徐々にディティールがはっきりしてきて、それが先ほど遭遇した女性だとマコトは気がついた。

「君はあの時の……」

「知らぬ存ぜぬで切り通しておいたわ。『面白半分で放棄区画に入り込まないでください』とだけ言われて、それでおしまい」

 そういってキキョウは立ち上がって出口の前へ立ってマコトのほうへ顔を向ける。その様子をぼんやりと眺めているマコトを見て不機嫌そうに溜息をつき、眉をひそめて顎をくいっと動かした。

「ほら、早くしなさいよ。アンタに聞きたいことがあるんだから。こんなところじゃいつ誰に聞かれてるかわからないじゃない」


 外に出ると、ハチの巣をつついたように騒がしい人だかりが待ち受けていた。どうやら取調室があったのは宇宙港の管理センターのようで、人通りが多いのも頷けるが一目見るだけでも様子が違うのが分かる。人々はそれぞれに、各航路の運航状況の確認に来ているようだった。

「あの、これって」

「……〝例の人〟が大立ち回りしたそうよ。なんでも、艦隊を相手に逃げ切ったとか」

「あの人が……?」

 にわかには信じがたい話だと思ったが、目の前の状況がそれを事実だと伝えている。よく見れば、一部システムのダウンによって航路情報の更新が滞っている通知がマコトにも来ていた。飄々としていた情報屋は、本当に警備艦隊の追跡を巻いたのだとマコトは悟った。

「それじゃ、ついてきて」

「えっ」

 キキョウから言われた一言に、自分が気絶していた間の出来事について考えていたマコトは驚いて固まった。マコトの様子を呆れたように眺めてから、キキョウはマコトの耳に口を寄せてささやく。

「釈然としないけど、カップルっていう体で尋問から逃げきってるの。連中につかまりたくなかったら一旦私についてきて」

 これ以上この場で話たくないと態度で示し、ついてきてと言うような目線を送ってからキキョウはつかつかと歩いていく。人ごみの中をものともせずに素早く、かといってマコトが見失わない程度に突き進んでいった。のろのろと進む人の流れに対して垂直に逆らうように、彼女の銀色の髪の毛が消えては現れる。

 彼女を見失わないように、必死に人の波をかき分けて後を追い続けること約5分、ようやく人口密度も薄くなり彼女に追いつけるようになった。

「ちょっと、君、速いって……」

 感じたストレスをなるべく表に出さないように気持ちを押し殺しながらキキョウに尋ねると、彼女はこちらを振り返ることなく答えた。

「あなたが遅いのよ。人ごみに時間を取られるなんて無駄なこと、私はしたくないもの」

 押しとどめたストレスにさらに圧を掛けられて、マコトはこめかみに寄る皺を隠さずに声を荒げようとする。しかし。

「あのさぁ!」

「着いたわよ」

 いつの間にか商店街のほうに戻ってきたようで、二人はカフェの前にたどり着いていた。満足気にニヤリと笑って、キキョウはマコトに一言断ってからその中へ勝手に入っていく。

「尋問の分、あなたのおごりってことで」

 後に残されたのは、目の前の出来事を理解できずにぽかんと口を開けたマコトだけだった。

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