No.7 - 脱出

 突然の乱入に驚き、マコトは警戒心をほとばしらせて身構えた。キキョウと呼ばれた女性も、最初からマコトに対して向けていた警戒を解くことなく、三人の間に張り詰めた空気が流れる。だが、硬直はすぐに情報屋の一声によって解かれることになった。

「これで役者が揃ったわけだ。僕にとっては君たち二人は依頼相手であり、協力してもらいたい味方でもある。喧嘩は辞めてほしいもんだね」

 そう言いながら情報屋は、内ポケットからマコトに渡したのと同じようなスティックを取り出してキキョウへと手渡した。キキョウは、掌に乗った不思議な形のそれを、十数分前のマコトと同じように興味深げに眺めだす。そんな二人の様子をいぶかし気に見つめるマコトの前で、情報屋は話し出した。

「今君たちに渡したメモリスティックは、それぞれが持っていてくれ」

 そういって確認を取るかのように彼女の目を覗き込んだ情報屋に対して、キキョウは臆することなく鋭い視線で見つめ返した。

「……私、ここには一人で来るつもりだったし、こんなわけのわからない物を渡されるなんて思ってなかったんだけど」

「……」

 その視線を受け止めて、彼は口を開く。その口調には、どこか冷ややかな雰囲気が感じられたが、マコトはただ黙って目の前の様子を見ているしかなかった。

「君が欲しかった情報は確かにその中に入ってる。が、その中身は覗けない」

「じゃあこんなの貰ったって意味はないわ。他を当たることにする」

 キキョウは言葉と共に手に持っていたスティックを情報屋へ突きつけ、半ば強引に立ち去ろうとする。だが、情報屋は突き出された拳ごとむんずとつかんで、彼女に話しかけた。

「まったく、こっちの君もそういう性格なのか? 人の話は最後まで聞いてもらいたいもんだね」

「……?」

 何を言っているのか分からない、という顔でキキョウは目を細める。目の前で自分の手をつかんでいる男に聞いても意味がないと感じたのか、黙っているマコトの方を見てくるが、彼も違和感を顔に出しているだけでその真実を示してくれそうにはなかった。呆れ交じりの大きな溜息と共に、キキョウはつかまれた手を振り払う。

「君は地球にいきたいんだろう? だったら僕の話を大人しく聞いてくれないかな?」

「分かったわよ……それで? いい加減、ここに呼びつけた理由をはっきり教えてほしいんだけど?」

 マコトの時とは打って変わって、情報屋の表情はどこか苦々しげだった。目の前の二人の会話の内容よりも、マコトにはその表情の変化のほうが気にかかる。キキョウという女性の口ぶりからは、彼らが今回が初対面であることが分かるが、少なくとも情報屋にとっては初対面以上に思うところがあるようだった。

「分かった。ただし、聞いた以上は必ずこちらの言うことに従ってもらう。いいな?」

「それはそちらの態度次第じゃなくて?」

「……こちらが裏切ることはないと約束しよう」

「どうだか」

 キキョウは真っ向から彼に対峙して、隣にマコトがいることも意に介さず堂々としていた。情報屋も、彼は彼でなかば恨みがこもったような目線のまま、キキョウの眼力を受け止める。

 マコトはそんな彼女の態度に、驚きとともに感心を覚えた。とても自分にはこんな態度は取れないなと、どこか場違いな考えを巡らせる。そんな彼の目の前で情報屋が口を開こうとしたとき、突然コルベットのスピーカーから声が響いた。

『警備隊がきます。到達まであと5分』

「チッ……隔壁閉鎖。脱出準備開始。連中の突入と同時にここを出るぞ」

「警備隊……?」

 マコトが呟くと、倉庫の扉が勢いよく閉まってロックされる。二人が振り返った先に見えていたはずの通路の明かりが完全にシャットアウトされ、ご丁寧に隔壁まで閉鎖されてしまっていた。キキョウは即座に情報屋から距離を取って背中にしまい込まれていた拳銃を手にして情報屋の方に向ける。マコトは慌てて扉にとりついてコンソールを叩いてみるが、入力は一切受け付けられず扉は沈黙したままだった。

「クッソ……」

 悪態をついたマコトとは対照的に、キキョウは冷静に情報屋の胴に向けて銃口を向けたままゆっくりと後ずさる。その姿勢を崩さないまま、彼女は悠然と立っている情報屋に問いただす。

「ちょっと。どういうことよ?」

「すまんが君に説明している時間はなくなった、ということさ。この先に関する説明はマコト君にでも聞いてくれ」

 情報屋がそういった次の瞬間、いつの間にかキキョウの背後に現れた宇宙服姿の人間が彼女の首筋に小さな注射器を押し当ててヘルメットを強引にかぶせる。彼女は抵抗しようとしたが、すぐにくたっと体から力が抜けて崩れ落ちた。

「ちょ、おいっ……!?」

 慌ててマコトが駆け寄ろうとすると、同じように自分の首にわずかな痛みが走ったことに気が付いた。急激に狭くなる視界、柔らかく各関節から力が抜け、全身が弛緩していく。最後に見えたのは、険しい表情をした情報屋の姿だった。

「後は君たちで何とかしてくれ。尻切れトンボですまないが、ここから先はよろしく頼む――」

 視界が、暗転した。


◇◆◇


『二人の退避完了を確認。いつでも出れます』

「分かった。隔壁が抜かれた時点で正面の壁を爆破。その後は亜光速航行で連中を振り切る。宇宙そらの様子はどうだ?」

「航行の支障となる障害物は検知されません。レーダー阻害も検知されず」

「よし。後は手はず通りだ……」

 暗い倉庫の中には、定期的に大きな爆発音が鳴り響く。先ほど閉められた隔壁の外側から力が掛けられているようで、壁から耳障りな金属音が鳴り隔壁自体も大きくたわんでいる。そしてついに、膨らんだ壁が爆発して大勢の警備隊員がなだれ込んできたその瞬間。

「外壁爆破」

「外壁爆破!」

 情報屋の命令にしたがってボタンが押されると、大きな爆発とともに宇宙空間へと繋がる穴が姿を現した。すさまじい勢いで空気が吸いだされ、宇宙服を着た警備隊員たちが多く外へと飛び出していく。その穴に向かって、死んでいたはずの航宙駆逐艦が進みだした。

「逃がすな、追え!」

「追えるわけないだろ!? 航宙警備艦隊に連絡を入れろ!」

 最初の空気流出の急流に飲み込まれずに済んだ隊員たちが何とか連携を取ろうとしている間に、ふねは外洋へと飛び出していった。

 宇宙空間へ出た艦の中では、あわただしく各部から情報が集められ艦のバイタルチェックが行われている。港は徐々に後ろへ遠ざかっており、もうすでにヴィの重力圏からの脱出は済んでいた。

「予定航路上に障害物なし」

「機関に異常認められず」

「各部兵装に異常なし」

「外部装甲に被害認められず」

「分かった。……これより本艦は亜光速航行で現宙域を離れる。両舷、増速」

「両舷増速!」

 機関が大きく悲鳴をあげ、ブースターが青白い火を吹きだしはじめる。しかし、加速していく艦の後方から、急速に接近してくる物体があった。

「レーダーに感あり、魚雷二、右舷後方上空より接近中」

 徐々に亜光速に向けて増速はしているが、まだ魚雷の速度のほうがやや早く、距離がどんどん詰められていく。

「デコイ投下、対空砲座は厳重警戒の上待機!」

「デコイ、投下します!」

 船の側面が沈み込んで魚雷発射管が露出する。命令にしたがって、四本のデコイが発射されて猛然と追いすがる魚雷へ向けてとびかかっていった。それまでまっすぐに飛んでいたはずの魚雷は、デコイの放つ誘導電波につられて進路を狂わせ、じきに爆散した。

「魚雷の迎撃を確認。後方より警備艦隊接近中。魚雷の発射を確認」

「亜光速到達まであと10秒」

 情報屋――艦長は一瞬考えて、すぐに指示をだす。

「このまま振り切る。魚雷発射管、閉鎖」

「了解。魚雷発射管閉鎖します」

 その言葉の後、さらに勢いを増してブースターが白く光を放つ。ヴィの宇宙そらに、白い空間航跡がたなびいた。

「……3、2、1、亜光速に到達」

 後に残されたのは、駆逐艦が消え去った後をむなしく飛んでいく魚雷だけだった。

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