No.6 - 取引
動悸と興奮を隠すようにマコトは口を開く。
「……情報の出所と信頼性は?」
「さぁ、それはしゃべっちゃいけないことになってるんでね」
両手を広げて肩をすくめるふりをしながら、情報屋はにやりと笑った。
「地球人類が宇宙空間に旅立ってからもう長い年月が経って……どうやら僕たちはホームシックにでもかかってしまった」
「……」
「猫も杓子も〝地球へ〟、〝母なる星へ〟。あぁ、キミが好きなアニメで、あっただろう? 確か題名は『テラへ』とかだったかな?」
大袈裟に、演技するように、彼はマコトを追い詰めるように語り始めた。わざわざ反論を許すように作られた空白の間にも、マコトは口を開くことが出来ない。そんな彼をからかうように、わざとらしく靴の底をカツ、カツならしながら情報屋は近づいてきた。
「そんな時代も過ぎ去って、今じゃ人々はこういうんだ。〝もう帰るべき故郷は消滅してしまった〟ってね」
「……まだ消えただなんて決まってないだろう?」
苦々し気にマコトが呟くと、情報屋は少し目を見開いて驚いて見せる。
「お、ちょっと素の部分が出てきたのかな?」
「茶化さないで下さいよ。俺はあなたなら地球の今を知っていると聞いてここまでやってきてるんです。早く本題に」
「変わらないねぇ、そういうところ……」
ため息交じりに呟く情報屋の表情に、単に初対面以上の複雑な感情があらわになった気がした。一瞬感じた違和感はマコトの勢いをそぎ落とし、直前までの問いをおしとどめる。
「変わらない……?」
「まぁいいじゃない、言葉尻のことなんてどうだって」
マコトはどう答えてよいかわからず、二人の間には無言の空間が張られた。互いの視線はじっと絡み合ったまま、ほんの数メートルの間合いの緊張感が高まっていく。結局マコトのほうが先に根負けして、溜息と共に先を促すことになった。
「そうですね、今はどうだっていいことです。そもそも、他人のことをいちいち詮索すべきじゃないですもんね」
「そうそう、その方が賢明だよ」
情報屋は満足そうに笑って見せ、話を進める。
「そのメモリスティックをしかるべき人物に渡すこと、それがぼくから君にする〝依頼〟だ。その対価として君は念願の地球へ到達できる」
「その人物は? まさかそれすら教えてもらえない何てことはないですよね?」
そう聞くと、彼はポケットの中から写真を取り出した。一歩近づいて、ゆっくり差し出してくる。マコトはおずおずと写真を受け取ってみると、そこには証明写真のように男の顔が映っていた。
「今時アナログ写真ですか」
「高度に情報化された社会では、むしろ本当に秘密にしたい情報はアナログ媒体に残しておいた方がいいこともあるのさ」
半信半疑の目線を向けるマコトに対して、相変わらず余裕の笑みを崩さない。むしろ前時代的な手法のほうが自然であるとのたまう。マコトが視線を写真に戻すと、情報屋は詳しく話しはじめた。
「君がいずもに戻るタイミングで、未開拓域に一隻の船が降着する。その男が船長を務める船だ。彼にそのメモリスティックを渡してほしい」
船長という言葉にマコトは疑問を抱く。写真の男はとても責任者を任されるような見た目をしていなかった。長く伸びた髪の毛、手入れもされていない無精ひげなど、その風貌は船長というよりも町の浮浪者だといわれたほうがしっくりくる。ただ、長く伸び切った前髪の間からのぞく鋭い眼光だけは異様に強い意志を感じさせた。
「……それで? 報酬はどうなる? この中身を教えてくれるわけじゃないんでしょう?」
「そうだねぇ。それは君次第じゃないかな?」
「は?」
マコトには話の流れが読めなかった。相変わらず目の前の男は余裕のある表情を崩さない上に、その口から吐き出される言葉の一言一言がまるで前後の整合性が取れていないように感じられる。一つ深呼吸して背筋をただし情報屋の目を突きさすようにまっすぐ見つめて、口を開いた。
「……『
「そうねぇ……」
にやにやと笑っていた情報屋は、その言葉を聞いて少し困ったような顔をしてわざとらしく眉をひそめた。首を振ってからマコトに向けられた視線には、それまでとは違った真剣さが込められている。
「それは出来ないねぇ」
「……なら、交渉は決裂ということですかね?」
やはり今回もダメだったか、と諦め半分に、表情は崩さずに訊くと、どうやら少し違うようだった。
「僕の
「つまり?」
「つまり、その写真の男を介して、僕らの目的は交わっている」
その声色は真剣さを増して鋭くなっていく。そして人差し指を立てて、マコトに突き出した。
「僕がここに来た理由はお小遣い稼ぎのためじゃない。君たちと取引するために来たんだ」
「……だったら、いい加減ぼかさないで教えてくださいよ」
マコトは一歩、情報屋に詰め寄る。手すりを使って体が浮かないように、無理矢理にして視線をあわせながら。
「もう一人の相手は誰なんですか? 本当に地球へ行けるんですか?!」
必死の形相で情報屋をにらみつけて問いただす。しばらくの間、無言でマコトの眼光を受け止めていた情報屋だったが、その視線から逃げるでもなく、悠然と目線をマコトの後ろ、暗がりへ向けて言った。
「じゃあいい加減、登場してもらおうか。君だって覗きは趣味じゃないだろう?」
その言葉にマコトが振り返ると、コルベットの翼の影から、人影が飛び出してきた。ふわりと天井に足をつけた後、軽く蹴ってこちらに向かってくる。柔らかく体を使って向きを整えて、無重力状態のはずのこの通路をゆっくりと歩いてきた。ダボっとした服装に、ヘルメットに覆われていて顔も見えない。
「ねぇ、クドオ・キキョウさん?」
そういわれて、ヘルメットを取ると、長いストレートの銀髪が宙に舞う。明かりの弱いこの場所でも輝いて見えるほど綺麗な髪と、それに負けないくらい透き通った肌が二人の前に現れた。二、三度首を振って髪の毛をまとめると、赤みがかった瞳でキッと情報屋を見据えて、彼女は口を開く。
「別に名前を教えた覚えもないんだけど。さすが情報屋というべきかしら?」
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