ヴィの港

No.4 - 航跡が交わるところ

『——ご利用ありがとうございます。ご案内いたします。まもなく本船は惑星ヴィ宇宙港へ到着いたします。入港の際は大きく揺れる場合がございますのでくれぐれもお気を付けください——』

 高い声の船内アナウンスで青年は目を覚ます。ベルトで固定されたベッドから這い出ると無重量状態で、ふわりと体が浮く感覚に彼は一瞬顔をしかめた。べたつく体で枕元からタオルを探し体にまとわりつく寝汗を拭く。眠気が少しずつ遠ざかっていくとともに肌寒さを覚えた。

 汗で湿ったタオルを首にかけたまま何気なく窓の外を覗くと、巨大な青い星と天の川が視界を覆っている。亜光速から巡航速度に切り替わっていく数隻の宇宙船が時折景色の中に混ざりこんでいた。徐々に船の数は増えていき、ついにその中心である宇宙港が見えてくる。港へアクセスする船たちはそれぞれの航路に敷かれた信号に従って、衝突しないように宇宙を泳ぎまわっていた。

 青年が乗る船も信号に従って速度を落とし、ドックへ向かって進路を取っていた。窓に映りこむ星の海が少しずつ人工物に隠れていくのを、彼は凝り固まった首筋を伸ばしながらぼんやりと眺めていた。

『スガワラ・マコト様、おはようございます。現在、4315年7月2日0時36分です。まもなく惑星ヴィ宇宙港へ到着します。出航時刻は4日14時00分、滞在時間は約61時間24分を予定しております』

 アナウンスの直後、船が港に横付けされた振動が低く体を揺らし、同時に壁面がモニターへ姿を変えて観光案内の動画を流し始めた。ショッピングモール、レストラン、レジャー施設などの娯楽設備の情報ががマップで示され、わずかな隙間には動画広告が次々と表示される。そんな明るく人の心を湧きたてるような画面とは対象的に、それを眺める彼の顔は無表情だった。マコトは広告が流れるままにそれを眺め続けていたが、五つ目の広告が終わったところで画面から目を離した。

「……そろそろ人の波も落ち着くころかな」

 収納の中から小さな鞄を取り出し、必要最低限な荷物を残して外に出していく。鞄の紐に引っかかって飛び出す小物を一つ一つ改めてしまいなおしてから、マコトは出入り口にたった。

「行ってきます」

 誰もいない室内に声を掛けてから扉を開けて外に出る。施錠を確認してから、マコトは港への連結通路へ向かった。


 惑星の重力圏の中とはいえ港内部の重力は非常に小さい。人々は磁力靴の力を借りながら、フワフワと歩き回っていた。マコトも同じように歩いていると、視界の端にアイコンが小さく表れる。この星の国旗を模したそのマークの明滅に合わせて音声案内が流れてきた。

『惑星ヴィ宇宙港へようこそ。観光案内を開始しますか?』

 指をアイコンに合わせて視界外に弾きながら、マコトはその申し出を断った。

「いや、いいよ。ここは歩き慣れてるから」

 消えたアイコンの代わりに左上に通知が出てくる。音声案内の再起動方法を伝える物だったが、彼にとっては不要なものだった。

「通知の設定変えとかなきゃなぁ」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら、マコトは目的地に向かって歩き始めた。


◇◆◇


 人類が広大な宇宙へ飛び出した日から長い年月が過ぎ、今では無数の人類が宇宙に散らばっている。たどり着いた先の星々で、人類は惑星の開拓を進め、植民惑星の数はどんどんと増えていった。そんな植民惑星間の航行を効率化するために、それぞれの星に宇宙ステーションが設置されている。いつしか宇宙港と呼ばれるようになった巨大な衛星では、星特有の名産品などがよく売られていた。そんな商店街の中を、服の上から自分の体を抱くようにしてマコトは歩いている。

「やっぱここは少し寒いんだよなぁ」

 惑星ヴィは鉱石資源が豊富な星であり、人口は少ないながらも経済的に豊かな星として有名だった。同時に非常に酷寒な気候も有名で、植民当初は電力確保にかなり苦労したという話は観光の場面でもよく持ち出される。遥か上空に位置するこの港は快適な気温を保っているはずだが、それでもこの港の空気は冷たく感じられた。

 代わりと言っては何だが、立ち並ぶ食事処はことごとく温かかく辛い食べ物が並んでいる。嗅ぐだけで汗が滲み出すようなにおいの中を潜り抜けていった先に、マコトの目的地があった。入り口の横にちょこんと立ったカンバンに書かれたランチタイムのメニューを少しだけ眺めて、彼は店の中に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

 港全体の雰囲気とは打って変わって、暖色に包まれた店内はずいぶんと温かい。マコトが外と内との寒暖差に身震いしていると、ウェイターがさっと歩み寄ってきた。

「一人です。出来ればカウンターに座らせて頂きたいのですが……」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 そう言ってウェイターは誘導するようにゆっくり歩き出す。店の一番奥の壁に近い位置へ案内され、マコトはそのまま大人しく案内された場所に座った。歩いてきた廊下を振り返ってみると、客はまばらで、三人ほどが点々と座って思い思いの食事を取っていただけだった。

「よぉ、久しぶりだなぁ」

 ぼんやりしていた彼の机に、ことりと透明なグラスが置かれる。カウンターの向こう側には中年の男がニヤリと笑っていた。

「久しぶりだなぁって、そりゃここに立ち寄るのはせいぜい年に一回なんだから当然でしょ」

「じゃあなんだ、他に掛ける挨拶があるかよ」

「おはよう、とかそんなんでいいだろ」

 眉を寄せてあからさまに嫌そうな顔をして見せるマコトに、髭を揺らして大きく笑って見せた。

「んじゃ、〝おはよう〟マコトくん?」

「はいはい」

 マコトは水を飲みながら手の甲を向けてシッシッと追い払う。煙たがる彼の様子を意に介さず、マスターはカウンター越しに大きく身を乗り出し口に手を当ててささやいた。

「……それでな、例の情報屋。一応捕まえておいたぞ」

 その一言に反応して、マコトはポーズを崩さないまま質問を投げる。

「……どこに行けば会えますか?」

「四六時間後、第五区画一〇三格納庫のコルベットに来るらしい」

 港の地図を視界に表示させて行先までの道筋を考える。現在ではほとんど使われなくなった区画の一番奥へは、特に認証もなく行けることを確認した。グラスの水を最後まで飲み切ってから、メニューの料理を指さして話を続ける。

「んで、いくらかかるんです? あ、ケチャップは多めで」

「いや、そういうのとは少し事情が違うらしい。まぁ行けば分かる、危険性は少ない。言えるのはそれだけだ」

 そこで話を切り上げて、マスターは調理室へ入った。

(……そこはせめて〝ない〟って言い切って欲しかったよ)

 大袈裟についた溜息は誰に聞かれるともなく虚空へ消えていく。気にしていてもしかたがないと諦め、マコトは料理を待つ時間を第五区画マップの更新と通路の確認をするのだった。

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