No.3 - 古き記憶の果てへ
「キキョウ」
声をかけられて時計を確認すると、日没が迫る時間になっていた。部屋の中は時間帯にあわせて少しずつ暗くなっていたが、それすらも気が付かないほどキキョウの意識は思い出の中に囚われていた。
「ごめんなさい、ちょっとぼーっとしすぎたわね」
「大丈夫だよ。そろそろ夕食の時間だから」
準備はしてあるからね、と言って彼はすぐにその場を離れようとした。振り返るその横顔が思い出と重なって、思わずキキョウの心臓が高鳴る。
「っ……」
彼女が伸ばしたその手が何かをつかむことはなく、去っていく背中に向けて空を切るだけだった。キキョウの背後でモニターは静かにその姿を消し、机の上も手早く整理されていく。
「ん?」
キキョウの変化を感じ取ってオブが振り向いたが、その時には既に思い出のフラッシュバックは遠くへ消え去っていた。
「……ううん、何でもない」
「うん、分かったよ。行ってくる」
にこりと笑って、オブは廊下を歩いていく。鼻歌とともに消えた彼に向かって、キキョウは聞こえない声で礼を言った。
「ありがとう、オブ」
胸の中にある温かな感情を噛みしめるように、キキョウはその場でじっと胸に手をあてていた。
照明を落として彼女が部屋を出ようとしたとき、ごとり、とふだんあまり使わない棚の中から音が聞こえた。
「……?」
夕食の準備をしてくれているであろうオブの事が一瞬頭によぎったが、キキョウはその棚のほうへ戻り中を確認することにした。
棚の中には長い年月をかけて集められた大量の本があった。よく確認すると、しばらく様子を見ていない間に棚の中が乱れていたようで、一部の本がバランスを崩して倒れている。床に落ちた一冊を手に取ってみると、その本にはタイトルも著者も書いていなかった。ただ、表紙の裏に懐かしい筆跡で小さくイニシャルが書き込まれているだけだった。
「これは……」
そっと次のページをめくると、キキョウの心に問いかけるような一文がページの中央に記されていた。
『僕はそこにいるよ』
「……言葉巧みにそうやっていつも私の心をつかむ。
世が世ならきっといい物書きにでもなっていたんでしょうね」
たった八文字の想いで高鳴った心臓に苦笑いして、本を閉じる。額に表紙を押し当て、じっと古い記憶をさかのぼってみると、この本をはじめて読んだ時の高揚感がまた湧き上がってくるのを、キキョウは感じた。
「まわりくどいわよ、ほんと」
呟きと共にキキョウの意識は、宇宙の果て、ここではない遥か遠い星で彼と出会った日へと回帰していく。
本の記憶をたどり、キキョウはさらに古く奥底に眠る記憶を遡っていった。
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