第42話 狐とたぬき
「面白いことをおっしゃるのね」
「母上、面白がることではありません」
マリオンは言葉を失い、リュシオンがそんな母親に注意する。
そして陽妃にも、きつく言い放つ。
「この国ではそのような思想は危険と見なされます。口を慎みなさい。これ以上の失言は処罰の対象となりますよ」
マリオンよりは大人しめな言い方だったが、その体からは静かな怒気が立ち込めている。
赤い炎のようなマリオンの怒りに対し、リュシオンの怒りは青い炎のようだ。
「これ以上話していると本気で息子達から怒られてしまうわね」
口調は軽いが、ここらが潮時だと彼女も理解しているようだ。
陽妃もこれ以上「月宮」を愚弄すると、本気で怒られかねない。
先ほどより黒い靄が薄れてきているが、まだそれは彼女の周りに纏わり付いているのが見える。
彼女の感情の起伏によりそれらは蠢く。ただ彼女に取り憑いているのではなく、それはもっと深いところで王妃と繋がっているのだろう。
もしくは彼女の内から溢れてきているのか。
「あの、私からひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「まあ、何かしら」
「王妃様はここ一年、足繁く温室へ通われているとお聞きしました。何のためにいっらっしゃるのでしょうか」
ここは直球で聞いてみることにした。
「何のため? 奇妙なことをおっしゃるのね。温室にある花や木々を見に行っているに決まっているでしょう」
普通の温室ならそうだが、彼女が通う場所は普通の場所では無い。
「そうですか」
陽妃もそれ以上は追求しなかった。言いたくないならそれでいい。他を当たるまでだ。
「質問はそれだけ?」
「今のところは」
「まあ、恐ろしいわね」
口調は軽いが目は笑っていない。
しかし陽妃は「温室」の言葉に、王妃の頬が痙攣したのを見逃さなかった。
他の人にはただの温室。王子たちも庭師も、あそこには壁しか見えていない。あの薄暗さも感じていない。でも陽妃が何か他の人とは違うものを感じていることは、彼女も気づいている。
(これが狐と狸の化かし合い?)
どっちが狐で狸か。あちらが狐。陽妃が狸と言ったところだろうか。
ゴリラに狐、狸。動物園だな。
そんな皮肉に内心一人ツッコミする。
「王妃様」
「ええ」
それまで離れたところに立っていた女性が王妃に近づいてきた。
「陽が陰ってきたわね。お付き合いありがとう。あなたたちも、いつまでもをブラブラしていないで、さっさと仕事に戻りなさい」
チクリと嫌味も忘れない。
陽妃といることが無駄な時間だと言いたいのだろう。
「わかりました、母上」
「わかっています」
立ち去る王妃の背中を見送って、二人の王子たちはふうっと息を吐いた。
「ヒヤヒヤしたぞ。初めて竜の背に乗った時より緊張した。俺が先に諌めなければ、どうなっていたか」
「そうです。兄上が口を挟まなければ、あなたは大変なことになっていましたよ」
「どうなっていたか、とは?」
「一国の王妃にあのような物言いをして、ただで済むと思っていたのですか。怖い物知らずにも程があります」
「母上はああ見えて北の山間にある部族の出身で、昔は大イノシシを一人で倒したこともある武人だ」
「へえ、そんな風には見えなかったけど」
そんな猛者だとは知らなかった。今の王妃はその面影もないくらいやつれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます