第41話 月宮かゴリラか

「女神トリシュが何のために『月宮の主』という存在をつくったのか。神のなさることなのですから意味があるのでしょうけど、誰もそのことをおかしいと思わないのが、おかしいと思います」

「そう思うこと自体神への冒涜だ。人が神の考えを推し計ろうなど、おこがましいにもほどがある。そう思うだろ」


陽妃の発言にマリオンは眉をしかめ、弟に同意を求める。


「あなた、この国の生まれでは無いのね。その黒髪と黒い瞳。どこか遠方のご出身? 遠くの国々では女神トリシュとは違う神を信仰していると聞きますわ」

「はい、生まれは違います。ここからずっとずっと遠くの島国で生まれ育ちました。そこには色々な神様がいて、神様と違う『仏様』という存在を信仰する宗教もありますが、信仰を特に持たない者もいます」


日本神話に記される天照大御神を初めとする神様。そしてお釈迦様が開いた仏教。キリスト教もあればイスラム教もある。何なら新興宗教なんてものもある。しかし殆どが冠婚葬祭で関わるが、神社や寺院も観光で訪れることもあるし、八百万の神様もいる。神無月に年一回集まって会議をするとも言われている。

陽妃だって小さい頃お寺に預けられなければ、きっと信仰など無縁で、困ったときだけの神頼みしかしなかっただろう。

そういう世界で育てば、当たり前のように神様がいるこの世界の方が異質に思える。


「信仰がそんなにあるなんて・・しかも信仰を持たない者もいるなんて、初めて聞きましたわ」

「女神トリシュを唯一の神として祀り崇める我々がおかしいというのか」

「そのようなこと申しておりません。私が申し上げたいのはこの前も申したように、『月宮』だけが絶対などと考え、ただそれに縋って国を治めるのがおかしいと言っているのです。考えてみてください。天気だって、晴れが良い天気だと思っていても、まったく雨が降らなければ困りますよね。魔物も被害だって、人間が忌み嫌い退けようとしているだけで、実は魔物にも増えたり人の領域まで出て来ないといけない事情があるかも知れない。人にとって害獣だからと考えるのは、この世界を自分たちだけのものだと思っている人の傲慢さのせいとは思わないのですか」

「魔物の味方をするのか。その上、魔物と『月宮の主』を同列に話すとは、こちらが甘い顔していれば、図に乗りすぎだ」


地球でも多くの種が一日百種、年間四万種が絶滅していると聞いたことがある。野生の動物がそれまで住んでいた場所で食べ物にありつけず、人里に降りて作物などを荒らすというニュースも見た。

死んでも人が霊魂としてさ迷い続けるのも、見えない者にとっては関係ないこと。


「マリオン、口を慎みなさい。アキヒと言ったわね。では、あなたは『月宮』が不要だと思っていらっしゃるの」

「はい」


少なくとも自分は「月宮の主」に望んでなりたいとは思わない。初めから結婚する相手が決まっているなんて、しかも政略結婚とかならまだ利害関係の一致とか家同士の結びつきとか、お互いの条件を考慮しているが、それが神様が決めたことだから。とか、まったくもって相手がゴリラでもいいのかという話だ。

さすがの陽妃もそこまでは言わなかった。


「けれど王室を盛り立てていくため、人心を得ることも大切だとは思います。『月宮の主』を無視して、万が一国の根幹を揺るがす大きな何かが起れば、批難を真っ向から受けることもわかります」


その言葉を聞いて王妃の瞳がはっと見開かれた。

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