第40話 職業倫理

初めて王子達に出会った時に、彼らに纏わり付いていたものにそれは似ていた。

もっと言えば音楽室の霊や、先ほどの温室の樹木からも同じ気配がした。

王妃が元凶なのか、それとも王妃もそれらの一部なのかはわからない。

確実なのは今見える彼女からの黒い靄は、「月宮の主」に反応したと言うこと。

そしてそれが王子達が抱く「月宮の主」に対する期待とは異なるものだということも。


「もう一年ですね。月宮に花が咲き始めてからすぐに国中に公布を出したのに、未だ何の手がかりもないとは、一体どういうことなのでしょう」


未だ見つからない「月宮の主」のことを案じているように言っているが、紅茶の入ったカップをもっていった口元にうっすら笑みが浮かぶのが陽妃に見えた気がした。


「けれど『月宮の主』を探すために必死なのはわかりますが、少々行き過ぎではありませんか」


眉根を寄せ王妃が呆れた口調でそう言う。


「しかし、国中に公布してもそれらしき者が未だ現われないことを、母上はこの国の王妃として何とも思われないのですか」

「王妃としては、心を痛めております。ゆえにここ暫く私も眠れぬ夜が続いているのです」

「母上、大丈夫なのですか?」

「そう言えば、お顔の色が…」


彼女がそう言って初めて、息子たちは母親の具合がいつもと違うことに気付いたようだった。


「陛下も、前陛下も『月宮の主』とは巡り合うことは出来なかった。だから此度は是非と、意気込むのはわかりますが、かと言って、私の王宮に許可なく誰彼なしに連れ込むのはやめていただきたいわ」


王妃の視線が陽妃へと動く。最初の印象とは違って、その目は凍りつくような冷たさを漂わせている。

陽妃の存在が気に入らないのはわかるが、最初からそのつもりで陽妃を呼んだのだろうか。

どちらかと言えば「月宮の主」という言葉を聞いて、様子が変わった。


「父上や母上に相談せず彼女を連れてきたことが気に入らないのですか? ですが、『月宮の主』については、俺とリュシオンに主導権があると思っています。それに、母上だって王妃として国の存続に関わることはご存知でしょう」

「殿下、それは違います」


陽妃がマリオンの言葉に異議を唱えた。

彼が言った言葉で更に黒い靄が増大したのを陽妃は見逃さなかった。


「何が違うというのですか?」


兄王子に言った陽妃の言葉にリュシオンが問いかけた。


「『月宮の主』は、必ずしも皆が待ち望んでいる存在ではないということです」

「どういうことですか。あなたの発言、母上がまるで『月宮の主』を望んでいないとでも言いたいのですか?」

「そうだ。お前は『月宮の主』が必ずしも王妃になることを望んでいるとは限らないなどとも言っていたな。今の発言といい、この国の民としてそのような発言は許されないぞ」


マリオンとリュシオンは陽妃に対して厳しい視線を向けるが、当の王妃は驚いてはいるが彼らほど憤慨してもいない。


「王妃様としては殿下方と同じ意見でも、王妃様自身としては、そうではない。違いますか?」


マリオン達の批難はスルーして、陽妃は王妃に質問した。


「もういい! お前を連れてきたのは間違いだった」

「そうです、私達は『月宮の主』について協力を依頼したのです。存在を否定してほしいのではないのです。そのうえ母上にまでそれを求めるとは、少々行き過ぎです」

「お黙りなさい!」


陽妃の言動に腹を立てた王子たちを、しかし王妃は逆に黙れと命じた。


「母上?」

「面白い意見ですね。それもあなたの占い師としての意見? 誰もが『月宮』を望んでいる中で、それを望まない者は非国民と愚弄され石を投げられてもおかしくない。いいえ、石なんて生温い。寄ってたかって殴られ蹴られても仕方ないでしょう」

「そうだ、母上の仰るとおりだ」

「ややこしいから、あなたたちは黙って。黙っていられないならこの場から立ち去りなさい。そもそも私は彼女とその従者を呼んだのであって、あなた達を呼んだ覚えはないわ」

「え、そうなのですか? しかし、リュシオンは…」


確かに王妃がお茶会に自分たちと陽妃たちを招待したとリュシオンが言ったのだ。


「彼女と従者を呼ぶなら自分たちも同席させてほしいと、リュシオンが言ってきたのです」


それを聞いてマリオンが本当なのか、という顔を弟に向ける。


「彼女を雇ったのは我々です。我々にも立ち会う権利があります。もし彼女が私達に言わなかったことを母上に話したりしたら、困りますから」


しかしリュシオンもこの展開は予想していなかったようだ。


「雇い主は殿下方です。いくら御母上である王妃様と言えど、お二方を差し置いて話すはずがありません。それは職業倫理に反します」


ただし、王妃に話さないが、彼らにも話さないことはある。

陽妃は心の中で呟いた。

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