第30話 嫉妬

「驚きました。まさか『竜騎士の誓い』を口にされるとは…本気ではありませんだしたよね」


 廊下に出て、周りに誰もいないのを確認してからリュシオンが言った。


「竜騎士は戯れ言で誓いを口にはしない」

「え、では…彼女がうんと言えば本気で誓いを立てるつもりだったのですか?」

「当たり前だ」

「なぜです? 兄上はなぜそこまで?」

「さあ…ただ、こちらから信用出来ないと言って置きながら、向こうに信用されていないことが納得できなかったのだ」


 己自身なぜあんなことを言ったのか、マリオンもよくわからない。


「それより、さっきの…」

「え?」

「シスイという男、あれは彼女の何なのだろう。俺たちが部屋を出る際、勝ち誇ったような顔をしていた」

「兄上も気が付きましたか。彼女も彼に全幅の信頼を向けている様子でしたね」

「ハクギンといい、シスイといい、なぜあのように無駄に顔がいいのだ。あの女はメンクイか」

「私は人間離れしていて、逆に恐ろしく思います」

「それは俺もそう思う。しかし、人前であのようにしなだれかかるとは、羞恥心はないのか」


 疲労が滲む中に安堵の気持ちが浮かんでいた彼女の顔。自分には厳しい顔しか見せないのに。


「気になりますか?」

「何がだ?」

「あそこまで我々をまっすぐ見て話す人間、特に女性は珍しいですからね」

「そう、そうだな。だから調子が狂う」


 第一王子として、国で五人しかいない竜騎士として常に誰かに頭を下げられ、一歩引かれて接せられてきた。

あのように臆することなく真っ直ぐに見据えられたりしたことがなかった。特に女性はいつも自分の前では膝を折り、顔を下に向け、上目遣いに視線を送られてきた。

 だから彼女の反応にいちいち翻弄されるのだと、マリオンは思った。


「彼女の言ったこと、兄上はどう思われますか。月宮が我らを拒む」

「そんな世迷い言、信じるつもりはない。月宮が我らを拒むことなどあり得ない」

「しかし、普通の男女の仲なら、そういうことでしょうね」

「確かに平民ならそう言うこともあるだろうが、貴族や王族はそうはいかない。政略的な縁を結んできたからこその今がある。それが本当に正しいことかどうか、我々が言ってどうなる」

「人の価値観はそれぞれです。慣例だから、昔からそうだからと因習に捉われ、声を飲み込んできた者や、報われない想いに無念を抱えて去っていった者がいることを、我々は見過ごしてきたのかもしれません」

「『繋ぎの王妃』…母上もそうだと言いたいのか?」

「兄上もご存知でしょう? 国に五人しかいない竜騎士として功績を上げ、褒めそやされても、中には月宮を母に持たないと蔑む者がいることを。それでも我々はまだ自分の能力を知らしめれば肯定してもらえますが、母上は」

「わかっている。母上がどんなに王妃として正しくあっても、心無い者がひと言『繋ぎの王妃』と口にすれば、それがすべて無駄になってしまうことも」

「母上が陰で声を殺して泣いていたのを見たことがあります」


 リュシオンがそう言うと、マリオンにも心当たりがあるのか辛そうな顔をした。


「だから、母上のためにも、国のためにも月宮は必要なのだ」

「彼女は月宮を探す突破口になると思いますか?」

「少なくとも、生きている者の中に手がかりがないなら、死者に頼るしかないだろう」

「信じるのですか?」

「夕べの風。あんな遠くから彼女の部屋に月宮の花が舞い込んでくるなど、何かあるとしか思えない」

「兄上は、彼女がそうだと?」

「お前も疑っているのだろう?」

「考えることは同じですね」

「彼女は自分がそうかも知れないと思っていると思うか?」

「わかりませんが、可能性はあります。彼女やあのシスイの言動は、何かを知っていると見ていいでしょう」

 

 二人は互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。


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