第29話 竜騎士の誓い

「我々を脅すのか? それともそれは呪いの言葉か?」


 マリオン王子の視線がさらに強くなる。その視線だけで誰かを殺せそうなほどだ。この場合は陽妃だろうか。


「どちらでもありません。今の状況から導き出した確実な未来です」


 睨まれても怖くないと、陽妃はその視線をまっすぐ見つめた。


「問題を放置すれば我々は月宮を失う?」

「可能性は否定できません」


 陽妃がそう言うと先にリュシオン王子が「わかりました」と言った。


「リュシオン、お前本気か」

「我々にはもう後がありません。二代続けて月宮を得ることが出来ず、地方からは魔物の被害や凶作の報告が来ています。次の世代、我々の子に託したとして、月宮がすぐに見つかるかもわかりません。兄上もそのことはわかっているでしょう?」


 弟の問いかけに何も反論できないことが、マリオン自身も陽妃の言葉がまったく根拠のないものだとは思っていないことを物語っている。

 彼の顔に霊というものの存在を認めたくないが、かと言って他に何の手がかりもなく、陽妃の言い分も否定できないジレンマのようなものが垣間見えた。


「彼女に先に声をかけたのはリュシオン、お前だ。お前がそうすると言うなら俺も異議はない」


 暫く熟考した後、マリオン王子の出した結論はリュシオンに委ねたものとなった。

 陽妃としてはここでリュシオン王子と真逆の意見を主張し、お役御免となってもいいと思っていたが、そうはならなかった。


「では、そういうことで、夜も明けたことですし、今日のところはこれで引き上げさせていただきます」

「待て」


 帰ろうとする陽妃をマリオン王子が引き止めた。


「まだ何か?」

「暫くは城に滞在してもらう。今日はこの部屋を使え、然るべき部屋をすぐに用意させる」

「え?!」

「そうですね。それがいいでしょう」


 リュシオン王子もすかさずそれに同意する。


「ですが、何の仕度もしてきておりません」

「必要なものは用意させる。あそこまで色々好き勝手言っておいて、このまま逃亡されても困る」

「そんなことは致しません」


 確かに色々と不敬罪に問われても仕方ない態度を取ったが、卑怯者のように言われて陽妃はむっとした。


「口でならいくらでも言える。我々とそなたは金で雇った者と雇われた者とでしかない。裏を返せばそれ以外の信頼関係は皆無だ。俺はまだそなたを信用してはいない。ただリュミオンの判断を尊重したに過ぎん」


 腕を組み、先程までの無礼な行いに一矢報いようとでもするかのように、高圧的な態度で言い放つ。これが彼の本性なのだろうか。初めて陽妃の前に来た時には王子とは思えない腰の低さだったのに。

 リュシオン王子の方は変わらず柔らかい物腰なのに。


「それはこちらも同じです。部屋を用意させると言って、それが牢屋でこちらを監禁しようとしているかもしれませんよね」


 二人の間に只ならぬ緊張感が漂う。


「そんな不遜なことはしない。あくまで客人として迎えよう」

「どうでしょう。こちらを信用出来ないと先に仰ったのはそちらです」

「では、竜騎士の誓いを立てればいいか?」

「兄上!」


 兄王子の発言にリュシオンが驚く。


「『竜騎士の誓い』?」

「『竜騎士の誓い』というのは、竜騎士だけが使うことのできる誓いで、それを破ればその竜騎士が相棒とする竜の鱗、逆鱗をその相手に捧げるというものなのです」

  

 マリオン王子の発言の意味がどんなものかわからない陽妃に紫水が話した。


「逆鱗…それって大変なものなの?」

「逆鱗は一匹の竜にひとつしかなく、文字通り他の鱗と逆に生えてあるものです。それを奪われるということは、竜の弱体化を意味し、その竜は二度と戦場に出ることはできません」

「それに、竜騎士と竜の縁は非常に深く。一対一。一人の竜騎士が相棒に出来るのは一生で一匹のみ」

「え、つまり、誓いを破って逆鱗を捧げたら、その竜を相棒にする竜騎士は、竜騎士を辞めなくてはいけないってこと?」

「しかも竜は寿命が長い分個体数が少なく、相棒に出来る竜もまた貴重な存在です。竜騎士が一人でもいれば、その国は何万もの兵力を持っていると言っても過言ではありません」

「我が国の竜騎士は五人、他国に比べれば平均的な数ですが、一人失えば魔物の襲撃や他国からの侵略に対する兵力は著しく衰えます」


 陽妃も戦争は望まない。「竜騎士の誓い」がどれだけ重いのかわかり、そこに彼の覚悟を見た気がした。


「わかりました。『竜騎士の誓い』は必要ありません。それに、何かあれば私はいつでも紫水たちの力を使い、ここを立ち去れます。私を拘束することは出来ませんから」

「相わかった」

「承知致しました」

「ということで、少し休ませていただいても宜しいですか?」

「もちろん」

 

気を張りすぎていたのか、陽妃は急に体力の限界を感じた。


「紫水」

「ええ、陽妃、こちらへ」


紫水が腕を広げ、陽妃はその腕に包まれるように身を寄せた。

紫水はそんな彼女をそっと抱き上げた。

目の前で仲睦まじい二人の抱擁を見せつけられ、王子たちは面食らった。


「では、殿下方、そろそろ退出いただけますか?」


丁寧だが有無を言わせない口調で紫水は彼らに退出を促した。

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