第21話 王妃の魂
乾燥ワカメが水に浸かって一気に膨らむように、それは一瞬にして大きく膨らみ、部屋の半分を占領した。
姿形も変わり、某ハリウッド映画に出てきた○シュ○ロ○ンのよう。ただし目の前のは白くなく真っ黒だ。
「塩、効くかな」
陽妃が太陽と月の光を浴びせて清めた塩は、さっきの雑多な霊には効いた。
王宮でこれほど膨れ上がった霊に遭遇するとは思わなかったので、塩のストックはこれで最後。
「紫水たち気を付けて」
いかに陽妃と契約した式とは言え、浄めの塩に触れればどうなるかわからない。
「下がって」
紫水達を後ろに下がらせて、人差し指と中指を交差し、「臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前」と言いながら空中に指で格子を描いた。
すると、膨れあがった黒い塊が震えだした。
(いける)
九字でも通じるのがわかり、もっととばかりに力を発揮できるよう額に擦り付けてから、ばっと袋から塩をばらまいた。
「ぎゃああああああああああ」
まるで蜘蛛の子を散らすように膨らんだ霊は、叫び声と共に一気に飛び散り、殆どが煙のように消え失せた。
『うううううううう』
残ったのは最初に現われた霊だけ。それも消えかけた蛍光灯のように、チカチカとしている。
「あなたたちは大丈夫だった?」
塩が当たらなかったかと後ろを振り返ると、紫水達は大事ないと頷いた。
「ねえ、何がそんなに心残りなの?あなたは何に囚われているの?」
弱りきった霊の側に行き、そっと尋ねる。
ホログラムのような霊は肩越しに陽妃を振り返った。
『おいたわしや、陛下…わたくしが至らないばかりに、わたくしが月宮でないばかりに、すべての不幸が陛下の不徳とそしられ…わたくしを繋ぎの王妃と呼ぶ者を、厳しく断罪なされた…陛下が暴君などと…わたくしのせいで…』
どうやら彼女は例の「繋ぎの王妃」と揶揄された王妃の魂だということがわかった。
「月宮の主」でない王妃が続くと国は災厄に見舞われる。その責めは王妃に向かうところを、王がそれらを罰し暴君と謗られ、またそれを王妃が苦悩しているようだ。
よく見ると、王妃の首にうっすらと筋があった。
「あなた…首を吊ったの?」
非業の死を遂げた霊は、その時の傷を死後も引きずっている。
それは魂の傷。彼女は王と周囲の板挟みになり、自ら自害したのかも知れない。もしくは誰かに首を絞められた?
どちらにしろ、彼女は大往生で生を終えたわけではなさそうだ。
『憎い憎い憎い。なぜ、月宮などあるの…目障り。月宮など…月宮など…
憐れな女性の声から最後はくぐもった地獄からの声に変わり、表情も悪鬼のように変わり、それは大きな口をパカリと開けて陽妃を喰らいつくそうと襲い掛かってきた。
「陽妃!」
紫水たちがそれから引き離そうと、陽妃を後ろから引き寄せた。
「浄めの炎よ、退けよ」
紫水が片手で陽妃を抱き寄せ、空いた方の手を突き出し炎を放つ。
『ぎゃっ!』
放たれた炎にそれは顔を背け、一瞬怯んだ。
そこへ「臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前」と再び陽妃が空中に指で格子を描く。
「すべての苦しみを忘れて、転生出離せよ。おんあみりたていせいからうん」
陽妃がそう言うと、それは再び女性の顔に戻り、煙のように掻き消えた。
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