第22話 複雑な気持ち

「大丈夫ですか?」


紫水が陽妃の様子を窺い見る。


「うん…でも、ちょっと…疲れたかも」


ふらりと体から力が抜けて、それを紫水が抱きとめた。


「気が緩んだようですね」

「そうみたい」

「どうなったのですか?」


白銀と石榴が問いかける。


「完全には祓えなかった。まだ核は残っていると思う。彼女は例の『繋ぎの王妃』と呼ばれた者の一人に過ぎない。きっと、同じような境遇の霊がいる筈」

「つまり、他にも霊がいると?」


白銀の言葉に陽妃が頷く。


「消える直前に、彼女の思考が見えた。彼女は殺されたみたい」

「殺された? 誰に?」

「死んだのは彼女自身の手によるもの。首を吊った自殺。でもそれを彼女に強いたのは周りの者たち。彼女を蔑み、虐げ、すべてを彼女のせいにして追い詰めた。その恨みが彼女をこの世に繋ぎ止めている」

「自ら命を絶った者は、女神トリシュの御許には行けません。拒まれた魂は行き場を失い、そのまま消え失せるものだが、彼女の場合はそれを狙ってのことだったのかもしれません」

「仲間に引き入れるために、わざとそう仕向けたと?」


石榴が驚いて声を上げる。


「その可能性はあると思う」


陽妃が答える。自ら命を絶つように仕向け、無念を募らせる。その無念が恨みへと転じるのは簡単なことだ。それを餌にさらに多くの無念の魂を寄せ集め力を強くしているのだろう。


「ルネを死に追いやったのも、もしかしたら」

「怨念に取り憑かれた誰か、かも」

「月宮への恨みなら、陽妃様が危険なのでは無いですか?」

「そうなるかな」

「最初からここへ来ることは反対でした。今からでもここを去るべきだと私は思います」


紫水が気色ばむ。その顔は美しい故に怒りの表情はさらに凄みを増す。気の弱い者が目にすれば震え上がり気を失うことだろう。


「大体あの王子達も気に入らない。陽妃の髪色が薄紅色だと知ってからの陽妃を見る目つき。あからさますぎる」

「え、何のこと?」


怨霊からいきなり王子達の話になり、陽妃が驚く。


「紫水様、それは飛躍しすぎでは」

「白銀、お前は何もわかっていない」

「紫水様の言うとおりです。髪が何色だろうと陽妃様は注目されるに値する女性です。あちらの世界のご両親もさぞ美男美女だったのでしょう」

「石榴、私が言いたいのはそういうことではない」

「じゃあ、どう言う意味?」

「ルネが女神様に護れと言われた月宮の主が陽妃なら、陽妃はあの二人のどちらかと結婚すると言うことだ」

「ああ、そういうこと・・」


つまりは家の娘はやらないぞという、父親のあるあるパターン。


「気にしすぎよ」

「いいや、陽妃は逆にそういうことに無頓着すぎます」

「そうは言っても・・」


生まれたときから体が弱く入退院を繰り返していた。やがてそれが霊媒体質のせいだとわかり、寺に預けられた。義務教育の日本で学校へ行かないわけには行かず、寺の近くの小さな町の小学校へ通ったが、そこでは気味悪がられて友達らしい友達もできなかった。

中学校に入り、親元へ戻った後もぼっち体質は健在で、苛められこそしなかったが、その代わり誰も近寄ってもこなかった。

そんな陽妃に恋愛経験値を求められてもあるわけがない。


「恋愛経験がないのですから、ちょっと優しくされたらコロリと手中に落ちるに決まっています」

「あの王子達の何が気に入らないんですか?」


竜騎士の第一王子と魔道騎士の第二王子。それぞれにその道では一目を置かれ、政治の面でもその職務を立派にこなしていると聞く。鳶色の髪と青い瞳を持つマリオンと濃紺の髪に金色の瞳を持つリュシオンは共にタイプは違えどその見た目も麗しく、その姿絵は国中の女性達の心をときめかせている。


「私の周りに見かけが綺麗な人間なんてゴロゴロいたわ。今だって紫水も白銀も石榴もかなりの美男美女じゃない。今更顔が良いだけで簡単になびかないわ」

「紫水様、もしや陽妃様は・・」

「ええ、私も今わかりました」


三人が陽妃を残念な目で見る。


「え、何?」


陽妃の日本での両親もかなりの美形だった。モデルだった母親の仕事仲間もまた美男美女が多い。そして今も傍にいるいる三人の式の美貌は人間離れしている。

そのせいで陽妃には二人の王子の美貌もまるで響いていない。

目が肥えすぎていて、普通の年頃の娘のような情緒がまるでないのだ。


「私としては有りがたいことですが、ちょっと我が娘ながら心配になってきました」


紫水にとって娘の結婚相手は気に入らないが、かと言って自分がルネを愛したようにいつか陽妃にも愛する人と結ばれてほしいと思う気持ちもある。

今のままでいくと、この先一生独身ということもあるかも知れない。


「ねえ、そんな変なこと言ったかな? その人間失格みたいな目で見ないでくれない?」

「そこまでは思っていませんよ」




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