第15話 「いただきます」の意味
「わあ、美味しそう」
陽妃は目の前に置かれた料理の数々に思わず叫び声をあげた。
お腹が空いたとごねると、王子たちは部屋に料理を運ぶように指示してくれた。
三人分の料理が運ばれ、心の中で、え、何で一緒に?と思ったが、顔に出ていたのかマリオン王子に、文句あるのかと睨まれた。
「王族の方たちって、いつもこんな昼食食べられてるんですか?」
サラダにスープ、柔らかそうなパン、ローストした鶏肉に果物。ちょっとしたランチコースだ。
「そうですね。王宮にいる時は大体はこんな感じです。演習などで屋外に出るときは、もっと軽食になりますが」
冷めないうちにどうぞと勧められる。
王子たちの傍らにはワインの入ったグラスが置かれている。昼間から飲むの?それより、ずっといるけど、暇なのかな?
私もワインを進められたが断った。日本では未成年だったので、飲み慣れていないし、昼間から飲むのは抵抗がある。
王子たちはすでに食べ始めていて、陽妃は自分の手元にある料理とカトラリーを見下ろした。
「では、いただきます」
両手の平を合わせて合掌すると、王子たちは食べていた手を止めて、怪訝そうに見た。
「今の呪文は何ですか?」
「え、呪文?」
「いただき……何とかだ」
「?」
訊かれている意味が解らず小首を傾げたが、そういえば王子たちは何も言わなかった。
ここでは「いただきます」という習慣がないのかと理解した。
「「いただきます」は、いただきますです。私のいたところでは食事をいただく前には大抵の人がそう言います」
紫水たちは食事を必要としない。考えてみれば、こちらの世界にきて、誰かと食卓をともにするのは初めてだった。
しかも、初めてが王子って………。
「何の意味があるのです?」
「殆ど習慣ですので、私もはっきり知りませんが」
いきなり日本親善大使になって日本の文化を紹介することになった。
「私たちは食べなければ生きていけません。食べるため、育てられた野菜、飼育された家畜、狩られた動物、私たちが糧とするため、様々な命をいただいている感謝、そしてこうやって、食卓にのぼるまでに多くの人たちの労力が使われていることに感謝し、いただきます、です」
私の説明に、王子たちは今まさに口にしようとしている皿に載せられた数々の料理に目を落とす。
「ここにある物が、私たちの血となり肉となり、私たちを生かしてくれているのです」
「考えたこともありませんでしたね」
リュシオン王子が呟く。
あら、意外に素直ね、と感心する。
マリオン王子は何も言わず、黙々と食べ続ける。
何を考えているかわからないが、今の話を馬鹿にすることなく聞いてくれたので、まあ、いいかと思った。
「……うまっ」
スープを口にし、その美味しさに思わず声がもれた。
慌てて口に手をあてたが、二人にはしっかり聞こえたらしい。
こっちを見ている。
「お口に合いましたか?」
「美味でございます」
「しゃべっていないで、さっさと食べろ」
リュシオン王子は優しげに声をかけてくれたが、マリオン王子は食事中の会話が気に入らないのか、一言苦言を吐いた。
ムッとしたが、料理に罪はない。それから陽妃はひたすらパクパクと料理を平らげた。
「あ〜おいしかったぁ」
食後のお茶を飲み、お腹いっぱいの幸せに浸る。
お腹いっぱいの幸福感に酔いしれている陽妃を、二人は物珍しげに眺めている。
「…何か?」
顔に食べ物でも付いているのかと、口回りを触ってみるが、特に何も付いていない。
「よく食べるな」
「あ、そっちね」
「こんなに食べるご婦人は初めて見ました」
そりゃ、淑女と言われる方々はそうかも知れないが、世界にはフードファイターと呼ばれる職業の人もいたので、それに比べれば可愛いものだ。
「どちらかと言えば、普通だと思いますが」
「女性はもっと小鳥が啄むように食べるものかと」
「大口開けてすみませんでした」
「いえ、あなたの食べ方が悪いとは言っていません」
「一応のマナーは身に付いているようだが、食べる量はもう少し控えないと淑女とは言えないのではないか」
一方的な価値観の押し付けに陽妃はカチンと来た。
「なら最初から少なく持ってきたらいいじゃないですか。確かに美味しかったし、お腹が空いていたから食べてしまいましたけど、逆に残す方が失礼と思いますが」
「何?」
言い返されると思っていなかったのか、マリオン王子が睨み付けてきた。
「だいたい、小鳥が啄むようにって何ですか!鳥はああいう食べ方なだけで、鳥は上品にしようと思って食べてるわけではないでしょ」
「う、それは」
「私たちに逆らうのか!」
「別に、王子様達が女性に対してどんな先入観や幻想を抱いているかはどうでもいいです。でもそれを私に押し付けないで頂きたいと申し上げているだけです」
「生意気な」
「すみません、でも私はこんな人間ですので、変えるつもりはありません。気に入らないなら、どうぞ首にしてください」
「う…」「ぐ…」
痛いところを突かれ、二人は黙った。
陽妃の方が主導権を握っていることに気づかされたようだ。
「ひとつお伺いしたいのですが」
この際なので、陽妃は夕べ自分が恐らく月宮の主と思われると聞いてから、ずっと心のうちにあった不満をぶつけてみようと思った。
「王子様たちに取って、月宮の主って何ですか?もし、月宮の主という女性がどこの誰かと分かったとして、その人が王子様達が思っていた人と違っても、それでも受け入れるんですか」
相手が間違いなく自分を選ぶ筈とか、どこからくる自信なのか。
運命で決められていたとか、一目惚れでもするならまだしも、あり得ない。
相手にも選ぶ権利があるのだ。
そう言うと、二人は黙り混んでしまった。
「今すぐ考えて下さいとは言いません。私が依頼された件が片付いて、もし月宮の方が見つかってからでは遅いので、今から考えてみて下さい」
もし、本当に陽妃が月宮だとして、すでに一目惚れの段階は過ぎてしまっている。
昨日、初めて顔を合わせて、互いに何も感じなかった。
イケメンだとは思ったが、そんなのはアイドルにでも抱く感情だ。
「ところで」
陽妃の出した宿題みたいなものに気を取られている二人に、現実に戻るとように声をかける。
「先ほどお聴きした場所のいくつかに行きたいと思いますので誰か殿下たち以外の案内人の手配をお願いします。それが終わったら、どこか仮眠を取る部屋をご用意頂きたいのですが」
「私たちではダメなのですか?」
「ダメです。王子様たちとうろうろしては良くも悪くも目立ってしまいますし、第一、お二人とも気が強すぎて、よほど強い霊でないと怖がって出て来てくれません」
「そんなものなのか?私たちの目を逃れて誤魔かそうとするなら、許さないぞ。それに部屋を用意させてどうするのだ」
マリオン王子はいちいち腹が立つことしか言わない。
「心配なら、しっかりした案内人をつけてくれればいいです。部屋は申し上げたように仮眠を取るためです。全ての現象が夜中に起こっているとお伺いしましたので、同じ時間にこちらも行動します。徹夜になるので、少し睡眠と休息をとりたいのです」
お二人みたいにタフではありませんので、と言うと、二人は納得した。
案内人は先ほどのルーシャに決まり、部屋については早速手配すると言ってくれた。
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