第14話 王宮七不思議
失敗だというのは、二人が王子だからだ。
彼らは国の中枢にいて、
その分、些細なこと、例えば平民の間でどんな流行があるかとか、王宮で働く人たちの誰と誰が付き合っているとか、侍女たちの間で誰が一番人気か、女性からの人気ランキングなど、彼らの知るところではないし、誰も彼らに言わない。むしろ、彼らの知らないところで囁かれていることだ。
もちろん、政に大きく関わる場合や、有力貴族の婚姻などは例外だが……
それが都市伝説のような怪奇現象なら、王子の彼らが何も知らなくても仕方がない。
「すみませんが、何でもいいですので、皆さんの中で噂になっている奇妙な現象などがありましたら、教えてください」
陽妃は、王子たちに頼んで女官長と、侍従長を呼んでもらった。
「はあ……」
「そう申されましても」
二人はいきなり王子たちに呼び出され、初対面の娘に訳のわからないことを聞かれ、かなり当惑している。ちらりと互いに目を合わせ、それから王子たちに目を向ける。
「何でもいい、話せ。何が知りたいか知らんがな」
この質問の意味を王子たちも理解できていない。
「月宮のためだ」
マリオン王子のその言葉に、彼らはようやく重い口を開く。
「あの、これは本当に、単なる噂なのですが………」
遠慮がちに先に口を開いたのは侍女長の方だ。
こういう場合、女性の方が情報通の場合が多い。
どこの世界でも井戸端会議なるものはあるものだ。
1.図書室の禁書庫の入り口付近で誰も触っていない筈なのに、本が落ちている。
2.音楽室で誰もいないのに楽器を奏でる音がする。
3.舞踏場の片隅で女のすすり泣きが聞こえる。
4.洗濯室で洗ったばかりのシーツに血のような染みが浮き出てくる。
5.お手洗いの個室に入っていると、誰かが扉を叩くが、開けてると誰もいない。
6.王宮劇場で誰もいない舞台から足音が聞こえる。
7.温室で外から見るとゆらゆら揺れる光が見えるが、中に入ると何もない。
侍従長からの話も加えてまとめると、だいたいこんなところだった。
「どれも後で調べても、魔法を使った痕跡がありませんでしたので、みな気味悪がっております」
「もちろん、気のせいということもありますし、毎晩起こるわけでもありません」
陽妃は聞いた話を書き留めていく。
「聞いていいですか?」
聞いた七つの話の概要を書き終え、陽妃が尋ねる。
「どうぞ」
「それらはいつ頃から起こっているのですか?」
「そうですねぇ、私共の耳に入って来たのはここ10ヶ月ほど前からですか……一番最初に異変に気づいたのがいつかはわかりませんが」
「約10ヶ月前かそれ以前……と。では、それらが起こるのは時間帯はいつ?」
「だいたいが夜中から明け方にかけて、でしょうか、同じ時間に廻る幾人もの見廻りの者からあまりに頻繁に聞きますので」
「夜中すぎ……と。では、それらに遭遇した方で、それ以降の体の異変があった方は………?若しくは病気になった方は?」
「それは、確認してみませんと、我々も全ての者を把握しているわけではありませんし、もともと休暇の予定が入っていた者などもいるでしょうから、少しお時間をいただけませんか?」
二人がそういうので、ここではこれ以上情報を得るのは無理だと思った。
他の王宮内での奇妙な出来事についても耳にしたら教えて欲しいと言って、二人には帰ってもらうことにした。
「今ので何か分かったのですか?」
書いたことを見直し、考え込んでいると、遠慮がちにリュシオン王子が尋ねてきた。
頬杖をついて考えていた陽妃は、はっと顔を上げて部屋の隅に立つ二人の王子を見た。
「…………あ」
目をぱちくりと開け、二人を見比べる。
「おい」
ブスッとしてマリオン王子が声をかけた。
「まさか、私たちがいることを忘れてたとか、言わせるなよ」
「…………すみません」
忘れてましたね。
マリオン王子の顔が歪み、リュシオン王子も絶句している。
「こんな扱いを受けるのは初めてだ」
「私もです」
王子として産まれ、竜騎士として騎士団を率い、あらゆる属性の魔力を持ち、魔導騎士として期待される自分たちを空気か何かのように扱われ、二人の尊厳は大いに傷付いた。
「不敬だぞ」
怒気をはらんだマリオン王子の口調にその場が凍りつく。
自分にも厳しいが、人にも厳しいマリオン王子は、竜騎士の中でも鬼団長として恐れられている。
そこまで人に厳しくできないリュシオンは、よく生ぬるいと兄に怒られている。
しかし、それは部下たちにであって、騎士として淑女には礼節を持って接するように躾られている。その兄が女性に対してここまで怒りを見せるのは珍しい。
「では、どうしますか? 首にします? それとも牢屋に入れますか? どちらでも私はいいですよ。どちらにしても私は困りませんから」
困るのはそっちだと、にんまり笑う。
「グ……」
マリオン王子のこめかみに血管が浮き出て、口許がきつく結ばれる。
陽妃の日本の父はIT企業の社長、母は元モデルだった。それなりに裕福で環境にも恵まれていた。
霊力のせいで寺に預けられて霊能修行という特殊な環境にいたせいで、弱冠常識がずれていると言われたことがある。
同世代の女の子たちのようにお洒落や恋バナにも興味がなかった。
スイーツなどの甘いものは興味があったが、元モデルの母親の影響で、滅多に食べることはなかった。
こっちの世界ではあちらほどスイーツ文化が発展しておらず、自分で作ることもできないため、鬱屈した思いを抱えていた。
食べもののことはさておき、要は実際に上流階級の方々に会うこともなく、人に媚びたりしたこともないため、王族という特権階級の人に対する礼儀もわからない。
彼女には、高圧的なマリオン王子も物腰が一見柔らかそうなリュシオン王子も偉そうにする若造、俺様にしか思えない。
「気に入らないなら、どうぞ、お好きに。あ、そろそろお昼なので、どこかに食堂とかありますか?」
お腹空いてきました。陽妃は怒りに震えるマリオン王子よりもそんな兄に狼狽えるリュシオン王子よりも、王宮での食事が何よりの関心事だった。
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