第13話 王宮は広すぎる

次の日、陽妃は占いの館を臨時休業とし、「誠に勝手ながら休業します」の看板を表に貼った。


帰りが何時になるかわからないため、念のため黒髪のカツラをかぶり、迎えにきた馬車に乗り、王宮に向かった。

紫水たち三人を連れていては悪目立ちするため、彼女の懐に偲ばせる。


迎えの馬車に乗っていた騎士は昨日も彼女を案内した人だった。


彼はルーシャと名乗り、リュシオン王子と同じ魔導騎士団に所属しているということだった。


「ルーシャさんは、どのような魔法を使われるのですか?」


馬車の中の堅苦しい空気に我慢できず陽妃から声をかけた。


「自分は土魔法です」


体育会系な物言いで無愛想に答える。


「ゴーレムとか作れちゃうんですか?ばあっと塀建てたり、穴掘ったり?」

「まあ、そうですね。穴堀りはあまりしたことありませんが」

「…………」


陽妃のテンションとは違い淡々とした受け答えに、それ以上の会話が続かなかった。


仕方なく、馬車から見える外の風景を眺めるしかなかった。

王宮は王都のどこからでも見える高台にあったが、実際に近くまで行ったことがなく、近づく程にその大きさが尋常でないことがわかった。

イメージはフランスのヴェルサイユ宮殿か、オーストリアのシェーンブルン宮殿のような様式で、遠くから小さく見える四角が全部窓枠だったことが、ほどなくして王宮に着いてわかった。


馬車は正面玄関から大きく迂回し、出入りの商人が品物を運び込む搬入口の前で止まった。


それでも日本なら大きな百貨店の出入口位の大きさがあり、人間がとても小さく見える。

一体何人の使用人で切り盛りしているのだろう。

シェーンブルン宮殿なら1400位の部屋があり、約1000人の使用人がいたと聞いたことがある。


そんなことを考えながら、ボケッと口を開けて周囲を見渡していると、ルーシャさんがこっちですと言って歩きだしたので、慌てて付いて行く。


中に入ると、天井が恐ろしく高く、絨毯敷きの幅広い通路が地平線のように続いている。

通路の両側にある扉も一つ一つがとても大きく重厚で、いくつの扉を通りすぎたかわからない。

ルーシャさんは時折こちらを振り向き、陽妃が付いてきているか確認するが、どこに向かっているのか何の説明もなく突き進む。

恐らくはそこにマリオン王子かリュシオン王子のどちらか、または二人が待っているのだろうとは思うが、王宮のあまりの広さに、できればカートやセグウェイとかあればいいなと思った。


通りすがりに騎士らしき人や官僚らしき人、メイドらしき人、何人もの人とすれ違い、こちらを気に止める人もいれば、全く関心を示さない人もいる。

こちらを気にする人は黒髪黒目を見慣れていないからだろうか。

今日は占い師の様相でもなく、いたって普通のシンプルなワンピースを着ていた。

襟と袖口は白の淡い緑のワンピース、ベルトはカーキ色。靴は金の刺繍の入った黒のフラットシューズ。どこにでもいる平民の女の子の出で立ちだった。


何の体力測定かと思う位に歩かされ、ちょっと休憩させてと言おうかと思っていると、ようやくルーシャさんがある扉の前で止まった。

ただひたすら彼の背中を追い、途中何度か右に左に曲がったので、一人で帰れと言われたら、全く帰り道がわからない。


「ルーシャです」


扉の両脇には一人ずつ護衛が立ち、明らかにその部屋が他と違うことがわかる。


護衛の一人が来訪者が来たことを告げに中に入り、ほどなくして片側の扉を開けて中に入るよう促した。


「失礼します」


ルーシャに続いて中に入る。その部屋は真正面が全面フレンチ窓の明るい広々とした部屋の中央にアンティーク調の十人は座れるくらいのソファがコの字型に配置され、白い大理石のティーテーブルが置かれている。

明るいサロンのようだった。


フレンチ窓の向こうには大理石のポーチが広がり、これまたマーブル模様のテーブルと椅子があり、広い庭園に続いている。


部屋にはマリオン王子とリュシオン王子の二人が待っていた。

相変わらず彼らの周りには黒い靄が取り巻いている。


「お待たせいたしました」


ルーシャがスッと脇に寄って後ろにいる陽妃を前に促した。


急に全面に押し出され、少し上がった息づかいのまま、軽くお辞儀をする。


何故息が上がっているのか察し、二人の王子は苦笑した。


「少し遠かったかな」


マリオン王子がボソリと呟いた。

かなり遠かったです。◯◯ズニー・ランド端から端まで位。

陽妃は心の中で愚痴を吐いた。

同じように歩いていたルーシャが、まったく息を乱していないのを、恨めしそうに睨み付ける。


「今日は護衛の方々はどうしたのです?」


陽妃が一人で来たのを見て、リュシオン王子がきいたが、本当の意味で一人で来たとは思っていない。


「彼らは護衛でも従者でもありません。私の家族です」


王子の言葉をさらりと否定した。

紫水は正真正銘の父であり、白銀、石榴は日本の両親に似せた姿のため、陽妃は彼らを家族のように思っている。


陽妃の指摘にマリオン王子が眉をぴくりと動かす。

言い返してしまい、悪かったかなと思ったが、特に咎められなかったので、見逃してくれたようだった。

言動には気を付けなければいけない。


「どうぞこちらにお掛けださい」


言われるまま、入り口側のソファに座る。

ほどなくして、お茶の用意を持った侍女が入ってきて、目の前に紅茶の入ったカップや、マフィンやクッキーなどが乗った皿を置いた。


王宮で出されるお菓子とはどんな味がするのだろう。

生クリーム等を使ったケーキはこちらの世界では存在せず、もっぱら焼き菓子が主流だ。

香り立つ紅茶が、高級茶葉を使っているな、と思わせる。


「それで、今もその黒いものは私たちに憑いているか?」


マリオン王子に訊かれたので、陽妃はその問いに頷く。


「昨日も言いましたが、私たちには何も感じません」


「それは、あなた達の力が強すぎるからです。普通ならその黒い靄すら憑くことはないですが、そっちも力が強いので」


「それで、私たちはどうすれば」


「恐らく、それは大きくなりすぎています。壁などの障害もありませんので、王宮のあちこちに飛び火して影響が出ていると思われます。王宮内で何か異変などはありませんか?」


二人に尋ねると、少し首を傾げ、何かあったかなぁと考えている様子だった。


「ないな」「ないです」


きっぱりと言い切る。


「え、そんな筈は…………」


そういいかけ、陽妃は自分の失敗に気づいた。

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