第12話 母の思い

白銀を先に帰し、陽妃は王子たちと別れ、下に降りた。そしてそのままリュシオンの部下に連れられて帰っていった。


「どう思います?兄上」

「まだ、何か隠していることがありそうだ」

「私もそう思います。特に、あのシスイという供のもの」

「そうだな……」


竜騎士として、魔導騎士として、訓練を積んできた自分たちの身体能力、動体視力には自信がある。


あの一瞬、あの占い師の髪色を見誤るはずがない。

残念なことに目を閉じていたため、瞳の色までは確認することができなかったが。


「兄上の提案、もし向こうが引き受けないと言ったらどうされますか?」


まだ正式には依頼を受けておらず、引き受けるか否かの判断を向こうに委ねている。


「さあ、どうするかな。何せ今回は我々にとっても未知の領域だ。何の情報も掴めていないのだからな」

「確かに…」


いざとなったら、脅しても引き受けさせるという手もあるが、出来ればその方法は使いたくない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「何か私に言うことはないですか?」


家に着くなり陽妃は紫水に尋ねた。

腰に手をあて、眼を吊り上げて、怒気を含んだ口調だ。


「何か…とは?」

「紫水!…お父様」


言葉を濁され、契約の名ではなく呼称を変える。

最早言い逃れは無駄だと、紫水は諦めのため息を吐いた。


「わかりました…」


紫水は陽妃に居間の椅子を勧める。白銀と石榴も集まってくる。


「ルネが、あなたをお腹に宿して命を狙われた話はしましたね」


「ガーネジアに来たときに聞いたわ」

「ルネの魔法の属性は決して多くはありませんでしたが、光の属性を持ち、あまり裕福ではない男爵家の出だったため、ゆくゆくは神殿の巫女にと言われていました。本人も女神トリシュへの信仰がたいへん厚く、それを望んでいたようですが、私と出会い、結婚することになり、巫女になることはできませんでした。しかし、信仰心はそのままもっていましたので、ことあるごとに神殿に通い、祈りを捧げていました」


陽妃も女神トリシュへの信仰については、この世界のことを勉強する中で知っていた。

この国の信仰は地球でいう神道に似ている。

天照大神のようなものが女神トリシュである。そしてバイシュルスタインでは、この女神信仰を国宗としている。

国王は斎主でもあり、政治と宗教二つの頂点に君臨している。

地球と違うのは、女神の奇跡というものが確実に存在し、信仰厚い者には必ず啓示や救いが現れるらしい。


「ルネはある時、不思議な夢を見たそうです。そこには女神トリシュが現れ、彼女のお腹に触れ、こう言ったそうだ。ツキミヤ…マモレ…と」

「それって………私?」

「そうです。女神トリシュはルネのお腹に宿る子が次の月宮の主だと告げました。護れという意味もわかりますね?」

「誰かが私を狙ったということ? 私が、私が、私のせいで……母さま……父様も……みんなを巻き込んだということ?」


何かが自分の命を狙い、そしてみんなを巻き込んだ。自分一人の命に多くの人命が失われた。

その事実が陽妃を押し潰す。


「あなたのせいではありません!」


紫水は娘の体を抱きすくめ、嗚咽する彼女の背を優しく撫でた。


「あなたが、これを聞けばきっと気に病むとわかっていたから、今まで言えずにいました。決して犠牲だとは思っていません。あなが月宮の主となるなべく定められたなら、それは国を護る存在だということ。国という大きな存在をね。それが一人の人間にとってどんなに大変なことか。その重荷を背負わすことになるのです」


だから、犠牲だとは思わないで欲しい。

泣きじゃくる娘を抱きしめ、一生懸命、慈しみを持って囁く。


「できれば、あなたの命を狙ったものの正体を見極め、先の憂いを絶ちたかったのですが、私たちはあなたを護り、逃げるだけで精一杯でした。できれば、あのまま地球にいるという選択も考えました。私たちにとっては、あなたの安全が第一ですから」

「……でも、こっちに帰って来たわ……」


泣き張らした目で陽妃が見上げる。


「ルネと約束しましたから。あなたが無事成長し、自分の身をある程度護れるようになったら、ここに帰って来て欲しいと。ここもあなたの故郷です。そして、こちらの世界では、あなたはあなたしかできない使命がある。決してあなた一人に無理はさせませが」

「私、魔法使えないけど」

「それらも全て、女神トリシュの思し召しなのかもしれませんね」


月宮について、ふと思いついたことがあった。


「どうしました?」


眉間に皺を寄せ、何やら腑に落ちない様子に、紫水は顔を覗きこんだ。


「………えっと、あれ?でも、月宮の主って薄紅の髪に新緑の瞳なんでしょ?私、髪はもしかしたらだけど、眼は黒い。ねぇ……私が月宮なら、私、あの王子たちのどっちかと、その、結ばれなきゃいけないってこと?それって」


「瞳の件は、私がもともと新緑なので、可能性はありますが、もしかしたら、まだ本当の姿を隠す何か妨げがあるのかもしれませんね。王子たちのことは、父としては、簡単には娘を嫁にはやりたくないので、あの王子たちも、頑張ってもらわなくては。偉大な竜騎士と魔導騎士様なんですから」


「でも、それって、恋愛飛ばしていきなり結婚が決まってるってことよね。何か納得いかない。それって、お互いを見てないってことでしょ?酷くない?」


冷静に考えると、結ばれなきゃだめだから、何でもいいからそうする、という感じだ。嫌いな要素があっても我慢しなくてはいけないってことか。


「恋愛もなしに、いきなり人生のパートナー?あり得ないわ」

「………えっと、陽妃様は、恋愛したいのですか?」


それまで黙っていた石榴が言った。


「え、だって好きな人ができて、その人と両思いになってって、夢でしょ?」


同意を求められ、石榴も女性なので、陽妃の気持ちもわからなくはない。


「……まあ、そうですわね」

「では、どうします?月宮の話は?」

「それに、私が月宮ですって言っても、黒い目のうちは信じてもらえないんじゃない?」

「確かにそれも一理ありますが……」


白銀も紫水もその点は頷くしかない。

しばらく考えて、陽妃はひとつの結論に達した。


「よし、決めた!しばらくこのことは黙ったままで、とりあえず依頼の件は引き受けて、敵の正体も見極めないとね。それで、王子たちのことも観察して、私がどっちかを好きになるか、私のことを月宮のこととは関係なく向こうが好きになってくれたら、正体を明かす」


すでに一目惚れの可能性は無くなったとみていい。

どちらもそこそこ見かけはまあ、悪くない……というか、かなりいけてる方だとは思う。

ただ、向こうに確実に惚れられる自信は今のところはない。

何しろ、見たこともない年齢不詳の女性を探して結婚しようとし、それが当たり前だと思っているような人間に、そこから外れてまで想いを貫ける根性があるのかも怪しい。

後者はかなり可能性が低い。

でも、少なくとも、自分が相手に少しでも好意を抱き、月宮であることで受け入れてもらうなら、結婚生活もそれなりにうまく行くかも知れない。


「陽妃はそれでいいのですか?」


娘の将来をおもんばかって、心配そうに顔を覗きこむ。


「無理はしてないよ。逃げるのは簡単だけど、私にどうにかする力があるなら、頑張りたい。母さまの、父さまの、みんなの犠牲と想い、無駄にしたくない」


「陽妃は、いい子ですね」


父はもう一度優しく娘を抱きしめ、頭を撫で、いい子だ、いい子だと何度も囁いた。

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