第11話 新たな依頼

「私はお前の魔法の力を信じている。そのお前がこの部屋にかけた魔法の効果もな。それをいとも容易くなかったことのように突き抜ける力があるのなら、魔法も絶対ではないということだ。今後も同じことが起こらないという保障もない。いや、これがまかり通るなら、これ以上のことが起こる可能性は十二分にある。まして、それが我々、ひいては王家に危害を与えるものであるなら、見過ごす訳にはいかない。残念なことだが、私もお前も、その霊とやらの存在に気づくことができない。ならば、この占い師の言うことも真剣に受け止める必要がある」


俄に全てを信じることはできないところはあるが、と、マリオン王子は陽妃と紫水を注視する。


「一年、月宮のことについて、何ら情報を得られていないのなら、何かしらの妨害を疑ってもいいかも知れませんね」


リュシオン王子も兄の言葉について考え、兄の意見に従うことにした。


「依頼の件について、探しているのは、月宮の主、私か兄、どちらかの妃となる女性です」

「月宮………」


その時になって、陽妃は背後に立つ紫水の指が彼女の座っているソファを指の間接が白くなる程きつく掴んでいることに気づき、見上げると陽妃の怪我について話した時よりも顔つきが更に険しくなっていた。


この一年、この世界のことを勉強する中で、この国の王室の婚姻の変わった風習についても聞いていたので、月宮の主という意味もすぐわかった。


「現在の王、つまり私たちの父は月宮の主を見つけることが出来ないまま、政略的な意味で母と婚姻しました。夫婦中も良く、そのおかげで私たちが産まれたので、何の不満もありませんが、月宮の主を正妃にできない世代が続くと、天災や魔物被害などが頻繁に発生し、国の情勢が安定しません。我々の代で必ず月宮の主を見つけ、正妃に迎える必要があるのです」

「月宮の庭に、ずっと花が咲かなかった。それが一年前、過去に例を見ないほど満開に咲き乱れ、それから我々は花色が示す容姿を持った女性を探している」

「それが、薄紅の髪、新緑の瞳の、年齢も何もかも不詳の女性」

「年齢は……おそらく我々と年齢も近く、婚姻を結ぶにふさわしい年齢ではあると思うが、それも、推測に過ぎない」

「王宮の力をもってしても見つからないのであれば、そなたの言った霊が何らかの力で妨害しているということも、納得せざるを得ない。それで、新たに別の依頼をしたい」


マリオンはぐっと前に身をのりだし詰め寄った。

にび色の瞳が有無を言わせぬ力強い輝きを放つ。

嫌な予感しかしない陽妃は王子が前に乗り出した分、背中を反らして後ろに引いた。


「あなたに、その霊を何とかしていただきたい」

「お断りします」


間髪を入れず、紫水が答えた。


「私はアキヒ殿に言っているのだが」


マリオン王子が視線だけを紫水に向け、睨み付ける。


「霊は見えますが、だからと言って何とかできる保障はありません」


対する紫水も王子の睨みに臆することなく、更に言い返す。


確かに、徐霊ができないとも言えないが、できる保障もない。

先ほどの靄はほんの一片に過ぎない。大元の規模も何もかもわからない。

しかも、おそらくあれはいくつかの霊が集まった集合体みたいだった。周囲の霊を取り込み、長年かけて膨れ上がったもののように思える。


「成功するとは限らないことを、お引き受けすることはできません。申し訳ございませんが、その件はご容赦を」


王子からの依頼を退け、不敬にあたるということは十分承知だが、自信がないのに引き受けるのも、また不敬であると存じますので、という。


陽妃の対応に紫水はほっとした顔をした。


この件について、あまり関わりを持ちたくない様子がひしひしと伝わる。

でも、相手はこの国の権利者、三角形の頂点にいる方々だ。

下手に刺激して不興を買ってはこの先、この国では生きていけないのではないか。


「では、無理にとは言わぬ。もし、そなたの手に負えぬというなら、途中で手を引いても構わないと言ったら?」

「それでは取引にならないのでは?」

「だが、この件について、我々は恥ずかしながら無知にも等しい。そなたにはいくらか知識も経験もあるようだ。なら、少しばかり協力いただけぬか」

「私からもお願いする」


特権階級におられる方とは思えない低姿勢で二人に頼み込まれ、どうしたものかと紫水を仰ぎ見ると、未だに険しい顔つきで、どこか辛そうに見えた。


陽妃は自分の知らない何か事情があるのでは、なぜかそう思った。


「紫水……」


名を呼び、彼の注意をこちらに向けさせると、ソファの背を握りしめていた手に触れる。


「……」


にっこり微笑むと、彼は眉間の皺を緩め、泣きそうな顔を見せた。


「一晩、考えさせて下さい。お引き受けするにしても、少し仕事を整理しなくてはなりません」

「引き受けてもらえるのなら、一晩くらい待とう」


二人の王子は笑顔を返した。美形の笑顔は拝む価値がある。


「では、明朝、王宮に伺います。ただし、王宮に伺う際には、後二人、共の者の同行をお許しください。お返事はその時、正式に」

「わかりました。明日の朝、今日迎えに行かせた部下をそちらにうかがわせます」

「譲歩していただき、ありがとうございます」


王子なのだから、もっと高飛車に有無を言わせず従わせることもできただろうに、二人はまったくそのような素振りを見せない。

日本にいてはお目にかかる機会もない王族という人種に対する礼儀など、まったく知らないので、彼らが以外に柔和な人たちのようだ。


「もうひとつ、お尋ねしたいのですが…」


リュシオン王子がちらりと紫水に視線を動かし、尋ねた。


「その御仁はどうやってここに?」


防御魔法がかけられている部屋に転移の魔法は使えない。ならば、どうやって現れたのか。


「ああ…」


がさごそと服のポケットから陽妃は一枚の紙を取り出した。


「紙…」


人型に切ったそれを陽妃は見せた。


「紙です。普通の人には、普通の紙です。でも、これに、こうやって…白銀」


陽妃が息を吹き掛けると、人型の紙はふわりと宙に浮いてその場でくるくる回った。次の瞬間、白髪、琥珀の瞳をした男が現れた。


「ご用件は?主」


陽妃の側に寄り、白髪の男は跪いた。


「彼らは私と契約している式です。もとは霊魂ですが、私の霊力でこのように。この紙を介して呼び寄せるのです。魔法の転移とは理屈が違いますので」


目の前で起こった出来事に二人の王子は目を見張った。

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