第10話 黒髪黒目は自前です
「私は、アキヒ セノウです」
王子二人ともが正体を明かしたので、陽妃も名を名乗った。
「「アキヒ セノー」」
二人は彼女の名前を反芻する。本当は「セノウ」だが、「セノー」と発音してしまうのも仕方が無い。
名前を名乗った後、彼らは何か次にくるものを待っている様子だった。
「………?」
「…何か?あっ、年は今年十八歳になります」
現代日本では十七歳だが、ここでは数え、つまり生まれた年から一歳と数える。
「ではなくてですね、私たちは姿も元に戻しました。あなたは戻さないのですか」
「え? 私、姿変えの魔法なんて使っておりませんが。今も昔も生まれたときから黒髪黒目です」
「「え?そんなはずは………」」
彼らの様子がおかしいので、後ろに立つ紫水に、彼らが何を言っているのかわかるかと見上げると、紫水は眉間に皺を寄せ、険しい表情をしている。
「先ほど、その紫水殿が現れた時、一瞬ですが、あなたの髪色が薄い紅色になったのを私も兄も見たのですが……」
「…え?」
そんなことがあったのか?と陽妃は驚いた。あの時、襲ってきた黒い靄から身を護るため、結界を張った。靄はすぐに霧散したので、それはほんの一瞬だったが、彼らは見逃さなかったみたいだ。
陽妃とて、この髪色が変わる現象の説明がつかないので、その仕組みもわかっていない。
「気のせいでしょう。彼女は正真正銘、黒髪です」
先に紫水が答えたので、これは今は伏せておけということなのだと察した。
「それよりも、何があったのでしょうか?私としては、彼女が傷を負ったことの方が問題です。例え殿下方がかかわっていたとはいえ、私の主がこのような目にあわされたのです」
紫水は不機嫌この上ない。美形の怒りは半端なく凄みがある。
「先ほども申したが、この部屋には魔法をかけてある。外からの干渉は出来ない。突然聞こえた音も、急激な突風も、そちらの御仁が突然現れたことも、あり得ない」
マリオン王子が起こった事象をあり得ぬことだと否定する。
「あれは、ラップ音」
「……ラップ?」
初めて聞く言葉に王子二人が戸惑いを見せた。
「ラップ音…あれは心霊現象のひとつ。そして、その現象を引き起こしたのは王子様方に憑いていました。ものすごい憎悪の塊。恐れながら、お二人にお心当たりはおありでしょうか?」
特権階級の上位にいる二人。だが、それは血筋によるもの。もし二人がその地位にいることを快く思わないものや、冷遇された者が正当か逆恨みか八つ当たりで恨みを持っていてもおかしくないのではないかと思った。
目の前にいる二人を見る限り、ただ王の息子というだけでその地位に胡座をかいている愚鈍さは見受けられないが。
「それは、私か弟、もしくは王家に恨みを抱いている者がいるかということか? 何故そう思う? 私には何も感じなかったが、お前にそれがわかるというのか」
「私には、魔力はありませんが、霊は見えます。お二人の生命力が強くて、直接お二人に何かするということはないようですが、あれは常にお二人にまとわり憑いています」
「霊……それは精霊とかでなく」
「人の霊です。死霊、生き霊とありますが、すべての人の魂が死後必ずしもニビアの地へ行くとは限らないということです」
ニビアの地とは、地球でいう天国のようなもの。この世界の全ての生き物は創造神ニビアが創造したもの。肉体が滅びた時に、母なる創造神の元へ戻り、次の生へと送られるのだ。
死後、ニビアの地へ戻らない魂は、ニビアの加護を失い、生者にも気づかれることなく、この世の闇に留まり、やがては理性も失い、ただ死の間際に強く持った感情に支配されているだけの存在になることが多い。
ニビアの地へ戻る話は、この世界の誰もが信じる共通の世界感だが、そこに戻れなかった魂の話は、陽妃が霊から聞いた話であり、王子たちからすれば、初めて聞く話だった。
「何故かはわかりませんでしたが、あの霊……の一部は明らかにお二人に憑き、リュシオン王子の依頼の、薄紅の髪、新緑の瞳の人物を探すことを妨害しようとしました。お探しの人物がどれほど重要な方かは存じませんが、今後も探すのであれば、更に妨害をしてくるかもしれませんので、ご注意下さい」
「月宮の主だ」
「兄上、それは」
「何がですか?」
しばらく沈黙し、何やら考えていたマリオン王子が呟いた。
その瞬間、陽妃の背後に立つ紫水の眉間の皺が更に深くなった。
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