第9話 自己紹介

(ぶつかる!)


悪意は刃となって、顔の前でクロスする陽妃の腕を鎌鼬のように切りつけた。咄嗟に彼女は結界を張り、黒い靄はすぐさま霧散し、消え失せた。勢いでソファごと後ろに飛ばされた彼女は、背後の扉に背中からぶつかりそうになった。


「あき………!」


後頭部や背中をぶつける寸前、扉と彼女の間にクッションのようなものが割り込み、強打は免れた。


彼女の体はクッションに跳ね返り、浮いた体が落下する寸前、何かが抱き止めた。


「大丈夫ですか?」


恐る恐る目を開けると、目の前に心配そうに見下ろす新緑の瞳があった。


「紫水」


彼女は彼の衣服にすがり付き、安堵のため息を吐き、もう一度紫水の顔見て、それから部屋の奥にいる二人を見やった。


部屋の奥にいた二人は、何が起こったのかわからず、一瞬、呆けた顔をしていたが、はっと我に返ったようだった。


「リュシオン、防御の魔法をかけたといってなかったか?」

「………かけましたよ」

「では、あれは、あの風は何だ?それに、あの男はどこから……それに、あの占い師、髪の色が……お前も見ただろう」

「……はい」


二人は今見たことすべてを頭の中で再現しながら、何が起こったのか、今見たことの意味を考えた。


いきなりの怪音、突然の突風に、突如現れた紫の髪の男。そして、占い師の飛ばされたベールから垣間見えた髪。

見間違いか、覆い被さった男の陰に隠れて見えないが、確かに薄紅の色をしていた。


「防音と防壁の魔法は、確かにかけました。転移防御も。誰かが外から攻撃したり、いきなり現れる…」


六つの属性魔法を操り、魔導騎士として日夜修練を積んでいる自分の魔法を、簡単に打ち破ることなど出来ないはずだ。


「助けていただき、感謝する」


紫色の髪の男がこちらを振り返り、礼を言った。

リュシオンは咄嗟に扉にぶつかりそうになった占い師の体を風の魔法で止めることには成功した。

人とは思えぬ美しい相貌に、リュシオンは部下が言っていた占い師の連れの一人だと悟った。


男は大事そうに占い師を腕に抱きしめている。主従関係というより大事な宝物を護っているようだ。

彼の腕の隙間から見える占い師の髪は黒い。


(見間違い?)


「大丈夫……ありがとう」


彼女が男を見上げて安心させるように微笑んだ。


まだ若い女性だった。

声の様子から、そうかも知れないと思ったが、自分たちとそれほど年も変わらないように見える。


「何があったのですか?」


男が尋ねる。


「そうだ、あれは何だったのだ?奇妙な音がして、いきなりの突風……ここには魔法を封じる呪文をかけていたはずだ」


予想外の出来事に驚いたが、確かめなくてはならない。

リュシオンの魔導師としての力量に疑いをもたないマリオンは、目の前の紫色の髪の男と黒髪の占い師に詰め寄った。


「その前に、そなたら、治癒の魔法は使えるか?」


男が尋ねたので、よく見ると、占い師の腕や頬に無数の切り傷があることがわかった。


「別に大丈夫だけど、舐めておけば治る」

「だめです。そんな眉唾物の治療法で治るわけがありません。顔に傷が残ったらどうするのですか、お嫁に行けなくなります。いかせませんけど」


まるで父と娘の会話に聞こえたが、二人は姿形はまったく似ていない。


「私が」


リュシオンが進み出て、最初に彼女が座っていたソファに座るように促した。


男にも座るように促されて、占い師は仕方ないという風に座った。


リュシオンは両腕と頬の付いた切り傷に順番に治癒魔法をかける。


「すごい、すっかり元通り」


その間、男はソファの背後に立ち、心配そうにその様子を眺めている。


マリオンはそんな彼らの様子を向かいに座り観察した。


先ほどの風でベールが剥ぎ取られ、長い黒髪が顕になっている。

瞳も黒く、目鼻立ちも整っていて、ふっくらとした頬が、まだ少女らしさを残している。

絶世の、とは言わないが、一般的に美人の部類に入る。

先ほど、髪の色が薄紅色に見えたのは気のせいか? 勘違いするような色合いでもない。


「それで、あなたは、先ほどの件について、何か心当たりがおありか?」


手当を終えたリュシオンが自分の隣に戻ってくるのを待って尋ねた。

弟の魔法は完ぺきだ。

あれほどの突風が吹く騒ぎがあっても、外に漏れていないから、階下と隣にいる部下たちは気付かず、かけつけてこないのだ。


なら、どうしてこの男は突然現れた?


「……はっきりとわかりませんが、あなたたちのしようといていることを、妨害しようとしたのではないでしょうか?」

「妨害?誰が、何のために?そもそも急にあんな風が部屋の中で吹くなど、魔法でなければ、なんなのだ」

「そんなのわかりません。でも、あれは間違いなく、あなたたち二人に関係があると思います」

「あれ?あれとは?」

「まるで尋問のような口調で色々言われても、わかりません。そもそも、私はあなたたちの素性も知りませんし、あなたたちの目的も知りません。事情があって言えないなら、それでもかまいません。私に関わりないことですし、あなたたちの事情に関わらせたくないとお考えなら、これ以上関わりません。私どもは今すぐ帰ります。あ、ご依頼にお答えすることができませんでしたけど、足を運んだ分と傷への慰謝料として報酬は半分でいいですよ」


にっこり笑ってそう告げると、二人は互いに顔を見合せ、頷きあった。


「わかった。改めて自己紹介をしよう。私はマリオン。マリオン・ベイルラート、竜騎士でこの国の第一王子だ」

「私はリュシオン・ベイルラート。魔導騎士で、同じく第二王子です」


自己紹介すると、二人は指をパチリと鳴らした。

たちまち二人の髪色と瞳の色が変わる。

マリオンは鳶色の髪ににび色の瞳に、リュシオンは濃紺の髪に金色の瞳に。


「お、王子?」


(どこかのお貴族様だろうと思っていたが、まさか王子が来た!しかもダブル)

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