第8話 向けられた悪意

「相手の特徴は……?」


膝の上に水晶を置き、覗き混む。

その日の朝、約束の時間に占いの館に行くと、おとついの男たちが待っていた。

紫水だけを連れていくことに、白銀も石榴も心配そうにしたが、懐に皆を呼び出すための形代を潜ませておくからと言って安心させた。

彼は陽妃たちを馬車に乗せ、目隠しをするよう言った。

心配しなくとも今回限り、万が一にも勝手に用もないのに周りをうろうろしないと言ったが、それは信用されなかった。

そして着いたのがこの家だ。

家に入ると目隠しを解かれ、そのままこの部屋に連れてこられた。

紫水は階下の居間で待つように言われて、一人で二階に上がってきた。

案内されて入った部屋にいたのは、意外にも二人の若い男性だった。

占いをご所望ということで、勝手に女性だと思っていた。

彼女の所に来るのは大半が女性だったからだ。


一人は書類机に座り、一人はその傍らに立っている。

二人とも美形だ。


紫水たちも美しいが、あれは人外の美しさであり、彼らは人の理の中での美形、極上の美形だ。

立っている方の男は、精悍な出で立ちで、武人の雰囲気を漂わせている。

もう一人の男が立ち上がり、机を回ってこちら側に立った。

こちらの方も無駄のない動きをしているので、それなりに鍛えているのだろう。少し精悍さにはかけるが、どこか詩的な優雅さがある。

醸し出す雰囲気は違うが、面立ちは似ているので、血縁関係にあるのがわかる。


だが、陽妃の目は彼らの容貌とは別の所に注がれた。


黒い、ゆらゆらと蠢く靄のようなものが、二人の肩の辺りを漂っている。

どちらかに憑いているのかと思ったが、それは、二人の間で揺れ動き混じりあっている。

二人同時に憑いているのだ。だが、二人の気が強すぎて、現れては消え、消えては現れと陽炎のようだ。


まだそれ自体に明確な意図はなく、単純で一途な負の感情。


「占いをご所望なのは、どちらの御仁ですか?」


気を取り直して訊ね、言われるままに扉近くのソファに座る。


依頼は人探しということだった。


「わかりました。でも、その前に確認させていただきたいことがあります」


人探しの依頼の場合、陽妃はルールを決めていることがある。

犯罪に関わるような内容…復讐であるとか、ストーカー加害者からの依頼であるとかは請け負わないことにしている。

例え探される方にも非があろうと、自分が居どころを教えることによって、誰かが命を脅かされることには手を貸さない。


「その探し人はあなたにとって、どのような方なのですか? 例えば恩人?」

「……いや、どのような、と言われても」


茶色の髪の男性が、もう一人を見つめる。


「まあ、大事な人だ…その」

「では相手の特徴は……?」

「女性です」

「…年齢は、いくつくらい?」

「…わかりません」

「…名前は?」

「…わかりません」

「……他には?」

「髪の色は薄い紅色、瞳は新緑の色」

「髪は薄い紅色、新緑の瞳。フムフム…他には」

「わかりません。それだけです」


ずるっとずっこけそうになった。


「え、それだけ……?」


思わず間抜けな声が出た。


「はい」


目の前の二人は互いに顔を見合せ、確かめ合うように頷いた。からかっているようには見えない。


(イヤイヤイヤイヤ!それだけって、情報少な過ぎではない? 女で薄い紅色の髪に新緑の瞳って………)


口をベールで覆っていなければ、パッカーンと口を開けているのを見られていただろう。


「これだけでは、難しいですか?」


さすがに、それだけ? と聞かれて向こうも心配になっているようだ。


「……そうですね」


実際、本当に占う訳ではなく、情報を知っていそうな霊から情報を聞き出すだけなのだが、(ちょっといかさまっぽく聞こえるが)それだけの情報では聞き出すあてもない。

しかも、蠢く黒い靄が結構強い霊気を放っていて、他の霊を寄せ付けない。


「とりあえず………少し視てみますね」


気を取り直して膝の上の水晶玉を見つめる。


(この人たちにとって、薄い紅色の髪色と新緑の瞳………髪の色だけなら、私もそうだけど)


そう思った瞬間、部屋中に何かが弾けるような音がいくつも響いた。


「え、なんだ?」

「何の音?」


二人にも音が聞こえている様子だったが、その現象が何かは気づかない。

でも、私の目に、膨れ上がった黒い靄がさらに意思をもって蠢く。


「危ない!」


大きくなった靄は、何匹もの蛇のようにウネウネし始め、無数の刃のように私目掛けて触手を伸ばしてきた。


とっさに顔を庇い、顔の前で両腕をクロスして防御の姿勢をとったが、勢いが凄すぎて、私の体は突風に煽られるかのように後ろへ飛ばされた。

それは誰かの悪意の塊。一人のものでなく、無数のものたちの怨み。

それが、まっすぐ私に向かって飛んで来た。

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