第7話 二人の王子と占い師
「兄上…どうしてここに…」
リュシオンは、突然部屋に入ってきた兄王子の姿に驚いた。
「少し前から何だかお前の護衛騎士の様子がおかしかったから、様子を見ていたのだか、今日、お前がこっそり王宮を抜け出したので、つけてきた」
兄上と呼ばれた第一王子、マリオンが質問に答える。
「…で? お前はこんな街中の家で何をやっているんだ? 姿変えの魔法まで使って」
ここは王宮ではなく、リュシオンが部下に命じて密かに手配した、一階に居間と台所、二階に二部屋のみの二階建ての小さな家だった。
今、二人がいるのは二階にある一部屋で、窓のそばに小さな書類机と椅子、中央に二人掛けのソファがひとつと、一人掛けのソファが二つ置かれている。
リュシオンは髪を茶色に、瞳を青に変えていた。
リュシオンが金の瞳をしていることは周知の事実であるので、これから会う予定の人物に王子とわからないように施した魔法だった。
「兄上こそ」
短く刈った鳶色の髪と晴れて澄んだ空色の瞳は、灰色と焦げ茶色に変えられていた。
竜騎士として屋外で活動することが多く、少し浅黒く日に焼け、魔導騎士であるリュシオンより更に筋肉質な体つきをしている。
「月宮に関することか?」
快活で明け広げな性格、直感で行動する第一王子。
寡黙で思慮深く、研究者肌の第二王子。
同じ父母の子なので、見た目は似ている。しかしその他はあまり共通点はないが、不思議と兄弟仲はいい。
自分より二つ上の兄も月宮の主については関係者だ。
「別に隠していた訳ではありません。不確かな情報なので、はっきりしたことがわかってからお伝えするつもりでした」
リュシオンは自分付きの見習い騎士ロイからの話を伝えた。
「お前にしては、街中の占い師を連れてくるだけのことに、ずいぶん時間がかかりすぎてないか?」
「派遣した騎士たちの話では、最初の五日ほどは途中で見失ったそうです。やっと接触したら、今度は定休日まで待てと言われたと……」
「なんだそれは? そいつら腕は確かなのか? たかが街の占い師だろう?」
「彼らの腕は確かです。ですが、魔法を使ったわけでもなく、不意に消えたというのです」
「魔法じゃなくて……何だと言うのだ?」
「わかりません。私もまだ実際に会っておりませんので」
「魔導騎士のお前やお前の部下も知らない魔法……?」
六つの魔法の属性を持ち、魔法に対して人一倍研究熱心なリュシオンにも思い当たらない未知の魔法を使うもの。マリオンの表情が強張る。
「リュシオン様……」
その時、部下の一人が扉を叩き、
「もちろん、立ち会いますよね、兄上」
思いがけず兄の同席となったが、一緒に話を聞けば、後で説明する手間も省ける。
「当然だ」
巷で噂の占い師は、黒い目だけが見えている状態で、金色の刺繍をした黒のローブを頭からすっぽりと覆い、手には水晶の珠を持ち、部屋の入り口に立っていた。
「占いをご所望なのはどちらの御仁ですか?」
女性にしては背は高い方だ。発せられた声は若いが、声だけではなんとも言えない。
「呼んだのは私ですが、占って欲しい内容は二人とも同じです」
「………わかりました……では、早速」
「ああ、どうぞお掛けください」
占い師に入り口近くのソファを薦め、窓際の書類机から移動しようとした際、マリオンがリュシオンの腕を掴んで耳元で囁いた。
「防音と、防壁の魔法は?」
「もちろん、かけていますよ。瞬間移動防止もね」
「ならいい」
二人は二つある一人掛けのソファにそれぞれ座った。
占い師は、立ったまま二人が座るのをじっと見つめている。
その瞳は顔というよりは、二人の肩のあたりを交互に見比べている。
「………?」
立ったまま自分を見つめる占い師の様子に、始めは自分たちが誰であるのか気づいたのかと思ったが、険しい目付きがそうではないとわかる。
二人は互いに顔を見合せ、立ち尽くす占い師を仰ぎ見る。
「占い師殿………どうぞ、お座り下さい」
言われて自分が立ったままなことに気づいて慌てて座った。
相変わらず目線はマリオンとリュシオンの交互に見比べる。
何が気になっているのだろう。
二人の王子も目の前の占い師を観察する。
黒のローブから見える瞳は黒色。髪の色は隠れているためわからないが、目を縁取る睫毛も黒いので、髪の色も黒かも知れない。
黒髪に黒目……どこかの島にそういう色を持った民族がいると聞いたことがある。
どんな魔法属性を持っているのかと二人は目をすぼめ、魔力量を量ろうとして、何の色も見えてこないことに驚いた。
「それで………依頼というのは……」
先に視線を外したのは占い師の方だった。
「人を探している」
呼び出したのはリュシオンなので、マリオンは口を閉ざし、説明をすべてまかせることにした。
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