第5話 占い師ドーランの母

陽妃がこの世界に来て、一年が経った。

長いようで短く感じた一年だった。


この一年、殆どの時間をこの世界のことを知る勉強と読み書きに費やした。

時折、買い出しを兼ねて社会見学に近くの町に行った。

黒髪黒目の民族はこの辺りでは珍しいが、どこか僻地の島などにはいるらしく、商人の一団に混じっていることもあり、特に奇異の目で見られることもなかった。


相変わらず、結界の内と外、昼と夜で髪の色は変化したが、それ以外特に変わったところもなかったので、万が一のために黒髪のカツラを用意した。


また、残念なことに、彼女は魔法が使えないこともわかった。

魔法という概念のない地球への転移が影響しているのかも知れない。魔力の変わりに有り余る霊力があるので、もしかしたら、地球での生活に不要な魔力が霊力となって発動したのだろうかということになった。


生活に魔法の力が浸透していなかった生活をしていたので、がっかりはしたが、不便は感じなかった。


半年が経った頃、森の中の館でいつまでも引きこもり生活するにも飽きたので、では王都にでも行ってみようということで、先に白銀に王都での家の手配などのために行ってもらうことにした。


三日ほどで住む家が見つかり、彼女たちは王都への移住したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おばあさまの、形見の指輪ですね」


ビロードの黒のケープを羽織り、目元だけを見せ、占い師が客に尋ねた。


テーブルの向かいに座った中年の女性の相談は、亡くした祖母の形見の指輪の在りかを尋ねるものだった。


テーブルの上に置かれた拳大の水晶を覗きこみ、占い師は答えた。


「…寝室に白木の整理棚がありますね。引き出しが5つある。それもおばあさまの形見ではありませんか」


「すごい、どうしてわかったんですか」


「一番下の引き出しの奥が二重になっています。そこに指輪があります。どうやら隠匿と探知魔法を防御する魔法がかけられているようです」

「ええ、そんな仕掛けがあったのですか?早速調べます」


女性はすぐにでも家に戻るべき立ち上がりかけた。


「ただし………」


それを引き留める。


「その指輪には、あなたへの加護の魔法がかけられています。それゆえ、隠され、おいそれと判らぬようにされていたのでしょう。手放すべきではありません。必ず災いがふりかかるでしょう」

「な、何を!私は、おばあさまの形見を見つけたかっただけで・・」


図星なのか、女は真っ赤な顔をして憤慨した。


「あなたは依頼されたことだけ占ったらいいのよ!余計なことは言わないで!」


女は扉を荒々しく閉めて出ていった。


「ふう…」


座っていた椅子の背もたれに背中を預け、ベールの女性…陽妃はちらりと自分の右側を見上げた。


「忠告はしたけど、あなたの心配したことになりそうね」


そこには、うっすらと影のように初老の女性が立っていた。


女性の霊は諦めた顔をして頭を左右に振った。


ー仕方ありません。あの子達がお金に困っているのも事実なのですから


女性は先ほどの女の亡くなった祖母の霊だった。


金遣いの荒い孫娘夫婦は、すでに売れるものは売り払い、そして祖母が死に際に言っていた指輪のことを思い出したのだが、いっこうに見つからず、ここにやってきたのだ。


「力になれなくてごめんなさい」


申し訳なさそうに言うと、女性の霊はとんでもないと言って、頭を下げるとその場から姿を消した。


女が出ていった扉から、紫水が入ってきて、今の人で今日は最後だと告げた。


「今日も多かったわね」

「お疲れ様でした」


ここは陽妃たちが王都に移り住んだ後に住む家とは別に求めた家だった。

入り口を入ると待合室があり、その奥に今いる部屋があり、ここで陽妃は占い師として開業した。


館の名前は「ドーランの母の館」


と、言っても実際に占いをしているのではなく、そこは亡くなった人の力を借りているのだ。

詐欺まがいに思えるかもしれないが、実際に生者に何事か伝えたい死者がけっこういるのだ。

魔法で何とか出来ないものも、こうやって死者の声を聞くことで解決できることを多い。

ここを始めて四ヶ月。口コミで広がり、今や予約待ち三ヶ月である。


「そろそろ帰りませんと、陽が暮れます」

「そうね」


陽が落ちると髪の色も変わるため、館の営業は朝から夕方までにしていた。

毎日紫水と白銀が順番に付き添い、石榴は家を切り盛りしている。

陽妃は被っていたベールを外し、ワンピースに着替えた。

年齢不詳に見えるようにベールを被り、目だけを見せてそれらしい雰囲気を出している。

占いというものに、人は神秘の力を期待する。素顔でも充分美少女なのだから、人目を引くことは間違いない。しかし年端もいかない娘より、それなりに年を重ねた女性の方が信用を得やすい。そのための演出だ。

今日の売上金を紫水に持ってもらい、裏口から出た。


「今日もいるのかしら…?」

「恐らく………」


このところ、営業が終わって占いの館を出ると、必ず誰かに後を付けられている。

恐らくどこに住んでいるのか探ろうとしているのだろう。

途中で目眩ましをかけて撒くので、今のところそれ以上の追求はないのだが、かれこれ5日ほど尾行をかわしているので、そろそろ業をにやして何かしてくるのではないだろうか。


「白銀も呼び寄せますか?」


もし相手が何か仕掛けてきたら、紫水だけでは陽妃を護りながら攻撃することが難しい。


「うーん……どうだろう?霊たちもざわついていないし、敵意はないみたいなんだよね」


危害を加えられる心配がないなら、向こうの話を聞いているのもいいかも知れない。

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